【第3話】 構想を練る:内山悟志の「IT人材育成物語」
若手の育成に一肌脱ぐと秦野に約束した川口は、勉強会の方針や内容に関する構想を検討するためにマインドマップを使って頭の中を整理してみた。
内山悟志の「IT人材育成物語」 前回までのあらすじ。
川口は、「若手の育成に一役買ってくれ」という秦野部長の申し出を、二つ返事で承諾したものの、具体的にどんなことをやっていくか構想がまとまっているわけではなかった。一方、秦野の思いは十分に伝わってきたし、自分自身の問題意識も持っていた。
このままでは、自分の所属する情報システム部門は、ユーザー部門に言われるままにシステムの要件をまとめて、それをシステム開発会社に横流しするだけの手配師集団に成り下がってしまう。そして何よりも、自分より少し下の世代である宮下や奥山たちが、忙しい割には責任ある仕事を任されておらず、モチベーションが上がっていないことが気になっていた。
自ら考える力を!
秦野に若手育成を頼まれた時点で、川口は彼らに何を教えるか、どう教えるかについて具体的なアイデアがあったわけではない。ただ1つ確信していたのは、一方通行で教育するのでは駄目だということだった。前職のメーカー系教育会社でたくさんの若手エンジニアと接してきたが、「教育は会社が与えてくれるものだ」、「上司が研修に行ってこいと言ったので参加した」という受け身の姿勢で教育をとらえていた人がとても多かった。
人が本当に成長する上で大切なのは、学ぶ人自身の知的好奇心や向上心であり、教科書的な手法を学ぶことよりも自ら考える習慣を身に付けることが大事だと常々思っていた。
あかり食品工業の情報システム部門の若手スタッフは、与えられた仕事は問題なくこなすが、業務の本質的な意味や従来の進め方に疑問を持ったり、自ら新しい仕事を創り出すというチャレンジ精神に欠けるところがある。彼らにはまず意識改革が必要だ。彼らが自ら問題を見つけ出し、分析し、解決策を考えること、その方法を自ら掴み取ってもらうためのヒントを提供することが自分の任務なのだ。
アイデアを形に
まずは、研修の全体的な構想を立てるべく、川口は考え事をする時にいつも用いる手法であるマインドマップを書き始めた。マインドマップは、トニー・ブザン氏が提唱した、図解表現技法の一つであり、日本国内においてブザン・ワールドワイド・ジャパンが普及、啓蒙を行っている。
考えるテーマとなるキーワードを図の中央に置いて、そこから放射状に引いた曲線に思いつく単語を記入し、それをつなげていくことで発想を増幅していく。この方法は複雑な概念やモヤモヤとしていた頭の中を図で表現でき、理解や記憶の促進が図れるといわれている。
中央に置くキーワードは、イメージが膨らむようにイラストなどで表現するのが良いとされている。川口は自らの力ですくすくと育つことをイメージして「木」のイラストを書き入れ、思いつくまま大きな幹に「長期的視点」「問題解決」「スキル向上」「意識改革」と書き入れた(図1)。
いつもそうだが、マインドマップを書いているうちにだんだんと考えがまとまっていき、いろんな発想が生まれてくる。また、作成したマインドマップは自分の考えを他人に説明する時にも使うことができるのでとても重宝している。これから宮下や奥山に対して行う勉強会の内容が、マインドマップを描くうちに次第に具体的なイメージとして表れ、川口はワクワクする気分になってきた。
著者プロフィール
内山悟志(うちやま さとし)
株式会社アイ・ティ・アール(ITR) 代表取締役/プリンシパル・アナリスト
大手外資系企業の情報システム部門、データクエスト・ジャパン株式会社のシニア・アナリストを経て、1994年、情報技術研究所(現ITR)を設立し代表取締役に就任。ガートナーグループ・ジャパン・リサーチ・センター代表を兼務する。現在は、IT戦略、IT投資、IT組織運営などの分野を専門とするアナリストとして活動。近著は「名前だけのITコンサルなんていらない」(翔泳社)、「日本版SOX法 IT統制実践法」(SRC)、そのほか寄稿記事、講演など多数。
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