アスリートを勝利に導く環境づくり:小松裕の「スポーツドクター奮闘記」(2/2 ページ)
スポーツ選手が世界の舞台で勝つために最高のコンディションを用意してあげるのがスポーツドクターの責務です。メディカルチェックなど医師としてのアプローチは当然のこと、食堂や風呂場でのちょっとしたコミュニケーションも軽視できません。
寝食を共に「チームジャパン」の意識を創出
2008年には、JISSに隣接して、長年スポーツ界の悲願であったナショナルトレーニングセンターが開設しました。この5月からはネーミングライツが導入され、「味の素ナショナルトレーニングセンター(味トレ)」と呼称変更されました。味トレは各競技の専用練習場を備えた屋内外トレーニング施設、宿泊施設などを備え、JISSと連携を図りながら、スポーツ科学、医学、情報を取り入れた効果的なトレーニングを行って国際競技力向上を図ろうというものです。
宿泊施設は「アスリートヴィレッジ」と呼ばれ、約250人を収容できます。部屋には、バスケットボールやバレーボールなど体格の大きな選手でもゆったりと眠れる大きなベッドがあり、「サクラダイニング」というレストラン、「勝湯(かちのゆ)」というサウナ付きの大浴場、大小の研修室などを備えます。アスリートヴィレッジの名の通り、オリンピックの選手村をイメージした施設です。各競技間で連携を図り、同じ場所で練習し、寝食を共にすることにより、「チームジャパン」としての意識が目覚めます。味トレの開設にともないJISSクリニックへの来院選手も増加し、その役割が大きなものになっています。
“空気が読める”能力が不可欠
わたしもしばしば、サクラダイニングで食事をしたり、仕事が終わった後に勝湯でひと風呂浴びたりします。そこにはさまざまな種目の選手たちや指導者がいますから、ちょっとしたコミュニケーションをとる場になります。さまざまな相談を受けることもあれば、「こんにちは」とただ挨拶するだけの時もありますが、そうした繰り返しが選手たちとの信頼関係を得る上で大事だと思っています。
ただし、積極的に声を掛け過ぎるのも禁物です。先日、勝湯である選手と2人だけだったことがありました。挨拶は交わしましたが、あえて話し掛けませんでした。一人で静かにゆっくりと風呂につかりたい時だってあります。選手たちは皆礼儀正しいですから、話し掛ければきちんと答えてくれるでしょう。でも、時にはわずらわしいこともあるはずです。そんな雰囲気を察知する能力もこの世界には必要です。“うざい存在”にだけはならないよう気を付けなければなりません。
来月はセルビアのベオグラードで大学生のオリンピック「ユニバーシアード競技会」が開催されます。わたしも日本選手団の本部ドクターとして帯同します。次回は、ベオグラードからお届けします。
著者プロフィール
小松裕(こまつ ゆたか)
国立スポーツ科学センター医学研究部 副主任研究員、医学博士
1961年長野県生まれ。1986年に信州大学医学部卒業後、日本赤十字社医療センター内科研修医、東京大学第二内科医員、東京大学消化器内科 文部科学教官助手などを経て、2005年から現職。専門分野はスポーツ医学、アンチ・ドーピング、スポーツ行政。
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