【最終回】「紳竜の研究」から学べること:ミドルが経営を変える(2/2 ページ)
単なるお笑いと侮るなかれ。島田紳助氏の哲学や独自の方法論からビジネスマンが学ぶべきことは多いのだ。
正しい筋トレをしているか?
この筋トレについて紳助氏は、オリンピックに出る体操選手やプロ野球の名選手を例に出して説明している。なぜ彼らがオリンピックに出場できたか、名選手と呼ばれるに至ったか。それは常に現実の競技の場面を想定し、体操に必要な筋肉、バッティングに一番必要な筋肉はどれで、それをどう鍛えればいいのか、これを真剣に考えた上で筋トレをしたからである。これが正しい筋トレだと説明しているのである。「オリンピックに出る体操選手は体脂肪率が4%。高度な演技をするためだけの筋肉がついている」。単に腕立て伏せ数百回、素振り数百回というのは無意味であると指摘する。
「面白いこと考えよう」「ネタ合わせしよう」「何か新しいことやろう」「ほかがやってないことやろう」。こうした声が若手(ときには中堅)の漫才師から聞こえてくるが、単に面白いことを考えようとしているだけで、無駄に過ぎないと紳助氏は苦言を呈している。
紳助氏は無意味な努力をすることがないよう、自らが実践してきたさまざまな手法を開陳している。例えば「笑いの教科書」というセッションである。お笑いの世界に教科書はない。それなら、まずは自分の教科書を作ろうと紳助氏は考えたという。具体的には、自分が面白い、すごいという漫才師の芸を録音して、それを一字一句書き起こしたという。何度も書き起こすことによって、オチのパターンなど笑いが生み出される仕組みを学んだという。
独自の方法論を確立せよ
また、「XとYの分析」のセッションでは、「X:自分に何ができるのか、自分の強みは何か」と「Y:世の中の笑いの流れ」をつかんだ上で、自分たちなりの笑いを作り上げていくことが必要と力説する。戦略論の教科書に出てくるような話である。「Y」を知るために紳助氏は、古いレコードにまでさかのぼって、各時代に一世を風靡(ふうび)した漫才を聞き続けて、当時のトレンド、その変遷を分析したという。「XとY」、これを理解してからどんな笑いを作ろうかと初めて悩むべきだと説く。
「Xも分からんと、Yも分からんと、悩んでいる人ばかりやわ」と紳助氏。「紳助さん、新しい笑い、やりたいんですよ、どうしたらいいんですか」と紳助氏に問い掛ける若手、ときには先輩芸人に対して、紳助氏は「バカかこいつは」 と思ってしまうと言い放っている。
相方をどう探したか、明石家さんま、オール巨人という天才的なライバルがいる中で、どんな漫才を目指したか、戦う場(笑わす場)をどう選んだか……。成功に向けて自分なりの方法論を確立し、それを言葉にし難い暗黙知のままに留め置かず、他人が理解し得る形式知に転換する。紳助氏が編み出した方法論そのものに加えて、さらに強固な方法論の確立に向けての努力も垣間見ることができる。
日ごろの仕事に必要な方法論を磨き上げる。そして、それを若手に伝えていく。ミドルの皆さんも「自分にできているだろうか」と自分自答してみるべきであろう。
「ミドルが経営を変える」は、今回を含めて25回、特別寄稿を入れると26回の連載でした。お読みいただいた方には感謝申し上げます。経営学分野の研究者も「XとY」の法則を生み出すべく、日夜、研究に励んでおります。今後も、経営の現場で格闘しているミドルにそうした諸研究を紹介していくことで、ミドル自らが方法論を編み出すお手伝いをしていきたいと思っております。
著者プロフィール
吉村典久(よしむら のりひさ)
和歌山大学経済学部教授
1968年奈良県生まれ。学習院大学経済学部卒。神戸大学大学院経営学研究科修士課程修了。2003年から2004年Cass Business School, City University London客員研究員。博士(経営学)。現在、和歌山大学経済学部教授。専攻は経営戦略論、企業統治論。著作に『部長の経営学』(ちくま新書)、『日本の企業統治−神話と実態』(NTT出版)、『日本的経営の変革―持続する強みと問題点』(監訳、有斐閣)、「発言メカニズムをつうじた経営者への牽制」(同論文にて2000年、若手研究者向け経営倫理に関する懸賞論文・奨励賞受賞、日本経営倫理学会主催)など。
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