豊富な商品知識がアダになる:つい踏んでしまうプレゼン失敗の地雷(2/2 ページ)
「新商品の魅力を伝えたい!」。そうした思いからとにかく詰め込んだ知識をプレゼンテーションする人がいる。顧客は本当にそんな話を聞きたいと思っていたのだろうか。
顧客の課題をどうつかむか
ここまで読まれて、「そんなこと当たり前だ」「実際の営業現場はそんな単純じゃないよ」「顧客の課題がつかめれば苦労はしないよ」などの感想をお持ちの方もいらっしゃることでしょう。そう、現実はもっと複雑。思い通りには進みません。顧客から課題を引き出そうとしても、顧客自身がそれを分かっていないケースの方が多いのかも知れません。
わたしが以前に訪問したS社もそうでした。S社は急成長を遂げ業界でも評判の企業で、相手はパワフルを絵に描いたようなワンマン社長。人材採用も社長が一手に仕切り、熱心にやられていました。担当営業のH君はこれまでにも何度となく採用広告を掲載する新メディアへの出稿を提案していたようですが、いまだにゴーサインが出ずに苦しんでいました。それでも「この新メディアは絶対効果が出ますよ。S社は業務がどんどん拡大していて、すぐにでも人が欲しい状況なのです」とH君は自信満々でした。
ある日、わたしは彼に同行して新メディアの提案に出掛けました。しかし、何を説明しても、社長の顔色はさえません。決断できない理由も率直に伺ってみましたが、社長曰く、「とにかく今は人が欲しい。新メディアの説明は何度も聞いて、いい商品だと理解してるよ。でも、いくらメディアをやっても、応募者が来てくれても、採用に至らないのだよ」。社長自身もどうしていいか分からず、煮え切らない感じでした。
1本の電話がヒントに
そんな押し問答をしているとき、偶然にもS社の求人広告に興味を持った人からの電話が社長室に回ってきました。社長は嬉しそうに席を立って電話に出ました。
わたしは聞くともなしに、電話越しの会話に耳を傾けました。会社訪問の予約を受けているようで、社長は手帳をめくっています。どうやら来月後半の訪問が決まったようです。
それを聞いてわたしはピンときました。社長は忙しい社長業のかたわらで応募者への対応をすべて自分でやっているのではないだろうか。だから1カ月以上も先の訪問になるのではないか。これではせっかくの応募者も逃げてしまう……。
予想は的中しました。採用は経営者の重要な仕事という思いで、すべて社長が切り盛りしていたのです。熱心さは買いますが、これでは採用に至るまでに時間がかかり過ぎ、応募者が不安になってしまいます。
ここでわたしたちは、応募者の心理と採用業務のフローを具体的に説明し、社長がからむべきポイントと、総務部長以下に任せるべき項目を分類して提示し説得しました。先ほどの電話の応募者にも、総務部長から再度電話を入れてもらい、来週には訪問してもらうよう調整し直したのです。
なぜ社長が新メディアの出稿に踏み切れなかったのか。こんな単純な理由だったのです。わたしたち、そして社長自身もそれをつかんでいなかった。人を採用したいというニーズと新メディアへの自信だけで突っ走っていたのです。顧客の課題を顧客自身が認識していないという場面は意外と多いはずです。そこを正しく解決しないと、せっかくの商品知識も宝の持ち腐れになりかねないのです。
著者プロフィール
中村昭典(なかむら あきのり)
元リクルート・とらばーゆ東海版編集長。現在は中部大学エクステンションセンターで社会貢献事業を推進。個人の研究領域はメディア、コミュニケーションおよびキャリアデザイン。所属学会は情報コミュニケーション学会、日本ビジネス実務学会ほか。
著書に『伝える達人』(明日香出版社)、『雇用崩壊』(共著、アスキー新書)。11月には『親子就活 親の悩み、子どものホンネ』(アスキー新書)が発刊される予定。
ITmedia オルタナティブ・ブログ『中村昭典の、気ままな数値解析』は、メディアにあふれるありとあらゆる「数値」から独自の視点で世の中を読み解くスタイルが人気。
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