検索
ニュース

【第3回】「ダイバーシティの多様化」が進む欧州企業ダイバーシティの“今”を追う(2/2 ページ)

今回は欧州とくに大陸欧州のダイバーシティ・マネジメントについて触れる。大陸欧州のダイバーシティは米国の女性の能力活用、人種平等から発生した企業内の多様性の容認による組織能力の開発とは異なるのが特徴だ。

PC用表示 関連情報
Share
Tweet
LINE
Hatena
前のページへ |       

オランダ

 オランダでは、1980年代前半の経済不況を背景に、政労使が連携し、パートタイム労働の拡大によりワークシェアリングを推進することで、就業形態の多様化が進められました。1999年には「柔軟と安定性に関する法」=フレキシキュリティ法を施行し、一定期間(1年半〜3年間)就業した派遣労働者には、正規労働者として雇用契約を結ぶ権利を保障しました。

 また、2000年には「労働時間調整法」が制定され、フルタイムとパートタイム労働の切り替えを4カ月前に申請し、特別な理由が無ければ認可されることとなりました。これにより、労働者は、育児や介護、学習などの生活ニーズに応じて、労働時間の変更・調整を行うことが可能となりました。こうした一連の施策を講じた結果、オランダでは、1979年から2002年にかけて、失業率を大幅に下げながら、平均労働時間が1591時間から1317時間(出所:OECD Employment Outlook 2008)まで減少させることができました。

 正社員と派遣労働者の賃金格差は、日本に比べてはるかに小さくなっています。(出所:権丈英子「パートタイム社会」 社会政策学会誌第16号)こうしたシステムにより、大きな抵抗感を抱かずに、生活におけるさまざまなニーズに応じて雇用形態を変更することが可能となっています。

教育とダイバーシティ・マネジメントの関係

 ダイバーシティの推進が進む欧州各国では、大学・大学院等の教育水準は一般的に高いといえますが、現実的には、企業が教育水準の高い人だけ採用することは難しいため、高度な教育は入社後に社内で身につけさせようという方針が根本にあります。つまり企業内教育を充実させることで、社員のスキルを向上させ、さまざまな職種にチャレンジできる・選択できる人材を育成することを目的としています。

 米国では、ハーバードビジネススクールをはじめとする世界有数のMBAコースが多数存在し、企業外で教育を受ける仕組みが主流です。一方、欧州では、多くの大学で大学は学問を修める場であるとの古典的な価値観が根強く存在するため、米国のMBAのようなプラクティカル・スクールはあまり多く存在しないのが現実です。その代わりに企業の中に教育制度があり、企業内教育が盛んです。フォルクスワーゲン、アクサ、ノバルティスなどの大手企業では企業内大学を設置している例もあります。

 その結果、過去携わった知識・スキルに限らず、ほかの職種・ポジションにチャレンジするための知識・スキルの下地ができます。そのうえ、企業側が社内公募制度」を充実させることで、社員の自由なキャリアの選択を促し、主体的なキャリアを積ませることが可能となるのです。各社員が、経験のない職種の持つ役割を理解することで、社内の異動が活発になり、企業・人材の底上げが図れるという仕組みです。

 企業の教育制度の充実ぶりが国によって異なる背景には、教育コストに対する思想の違いがあります。米国では、大国ゆえに自然と優秀な人が集まってくる、積極的に移民を受けている、人材の母数が大きいなどの理由により、社員一人ひとりを一から教育するより、貢献度の低い社員を辞めさせて、新たな人材を採用する費用のほうが安いと考えているのでしょう。一方、人口の少ない国の集合である欧州では、採用のプロセスを長く設定し、慎重に行ったうえで、充実した教育を施す傾向が強いといえます。

 ここでのポイントは、社員教育がダイバーシティを推進させているという点にあります。社員個人は教育を受けることでキャリアの選択肢を広げることができ、一方、企業側も、社員に教育を与え続けることで能力の高い人材育成とリテンションを行い、身につけた能力をすぐに生かせる機会を社内公募等で提供することにより、使用者と非使用者の間にWin-Winな関係が生まれます。日本企業では比較的すぐに役立つ、短期的な効果をねらった教育が主流ですが、欧州企業には、人材の底上げが結果的に会社の業績に連動するという思想があります。

 つまり、欧州企業は、ダイバーシティ・マネジメントで企業の業績向上を目指すために、制度を整備するだけでなく、同時に制度を生かすために個人の知識・スキルを向上させています。欧州の先進企業では、雇用の確保を第一に社員が働きやすい環境整備と「筋力アップ」の社内教育の両輪が企業業績の向上を支えている、といえるでしょう。

 社員1人1人が社内教育によって知的な研鑽を積むことにより、企業が競争力の高い体質に変わる、欧州のダイバーシティ・マネジメントの形から、日本企業が学ぶべき点は多いでしょう。次回は日本のダイバーシティの今後の方向性について、これまでの議論を踏まえて、少し別の角度からの視点をご提供したいと思います。


著者プロフィール

渡邊玲子(わたなべ れいこ)

プライスウォーターハウス クーパース株式会社

HRM シニアマネージャー。2001年5月ユニファイネットワーク(PwC P&Cの前身)株式会社入社以来、内外資系企業を中心とした、幅広い業種において組織・人事戦略に関わるコンサルティングに10年以上携わる。最近では、M&Aにかかわるプレ・ポストディールサポートを一貫して行ない、企業再生ファンドによる企業買収に伴うデューデリジェンス・雇用調整・Day1を見据えた具体的な統合計画を策定、PMIフェーズでは、企業戦略にひもづいた人材マネジメント戦略を立案し、採用から代謝までの人材フローマネジメント設計および人事基幹三制度の制度設計をプロジェクトマネージャーとして推進する。



Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

前のページへ |       
ページトップに戻る