「日本向け」が品質の裏付けになるタイ・宝石産業に学ぶ:女流コンサルタント、アジアを歩く(3/3 ページ)
タイで宝石加工製造業を営む日本人社長へのインタビューをもとに、グローバル化が進む中で日本人がどのようにビジネスを組み立てるべきかについて考察する。
日本市場という実績が、世界からの評価となり強みとなる
わたしは日本市場向けに事業を進めてきた同社が、どうやってスムーズにヨーロッパ市場へ手を広げることができたのかが気になった。ヨーロッパのブランド企業から、どのような点が評価されているのかを含め、伊原氏に尋ねた。
その答えは意外なものであった。それは、日本市場向けに加工製造を行ってきたという実績から、品質に対する信頼を得られているというのである。デンマークやベルギーなどのラグジュアリーブランドは、極めて高い品質を求めている。そして、コストメリットを考え、タイの加工製造業者へ委託しようと考えている。そういう中で、高い品質を要求する日本市場と取引を行ってきたという実績を持つタイの製造加工業者が高く評価され、数多ある加工製造業者の中から選ばれるのである。現在、well field社では、取引先のヨーロッパ大手ジュエリーメーカーの強い要望もあり、生産拡大のために、現在の工場の隣にもう1つ工場を増築中である。
これは、以前の記事で取り上げた、バングラデシュの繊維産業とは状況を異にするものである。バングラデシュの繊維産業では、日本市場向けという、いわば、オーバークオリティが1つのネックとなり、世界市場への展開を難しくしていた。しかし、極めて高い品質を求める製品分野である宝石産業においては、日本市場向けに行ってきたということが、逆に重要なセールスポイントになるわけである。
世界市場に向けた、もう1つのアプローチ
日本市場向けの商品やサービスを世界に展開するにあたっては、日本市場独自の仕様や品質が1つのネックになる事例をバングラデシュで見た。この場合、世界の標準的な仕様や標準的に求められる品質レベルを知り、それをどのように日本市場向けと合せてハイブリッド化させるかが1つのテーマであった。
しかし、この度の事例から、もう1つのアプローチが存在することがわかった。それは、日本市場独自の仕様や品質が実績として評価され、世界市場に展開できるというものである。これは、日本市場向けの製造拠点を求めてアジア新興国に進出した日本企業にとって、新しい観点を提供するものだろう。
世界市場への展開を目指して、世界の標準的な仕様や品質レベルを知り、それに合せていくことは、ターゲットの産業によっては、当然、必要なことであろう。しかし、それはときに、日本企業の長所や得意なところを失わせてしまう恐れもある。確かに、世界を見てみると、日本独自というものが多くあり、それを世界に受け入れてもらうことが難しい場合がある。しかし、日本独自というのが1つの差別化要素になる場合もあるのだ。
この度の宝石産業の事例では、もともと品質意識の高いヨーロッパのラグジュアリーブランドが相手だからこそ、こうした形が成り立つわけであるが、他にもこうした領域が存在するのではないか。少なくとも、この成功事例を見る限り、日本市場向けの実績や日本市場独自の仕様や品質をセールスポイントにできる領域を探す価値はありそうである。
そして、日本独自の仕様や高い品質を新たな価値として根付かせ、新たなフィールドを築くことができれば、差別化要素を最大限に生かした事業展開が見えてくるのではなかろうか。世界の標準という枠に捉われていては限界がある。そこを打ち破り、日本企業が得意とするところを勝負のポイントに持っていくことで、選ばれる企業になる。このアプローチも、今後、世界市場を狙う上で重要になると考える。
著者プロフィール
辻 佳子(つじ よしこ)
デロイト トーマツ コンサルティング所属コンサルタント。システムエンジニアを経た後、アクセンチュア・テクノロジー・ソリューションズにて、官公庁や製造業等の企業統合PMIに伴うBPR、大規模なアウトソーシング化/中国オフショア化のプロジェクトに従事。大連・上海・日本を行き来し、チームの運営・進行管理者としてブリッジ的な役割を担う。現在、デロイト トーマツ コンサルティング所属。中国+アジア途上国におけるビジネスのほか、IT、BPR、BPO/ITOの分野で活躍している。
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