トレード・オフを忘れるな――長所を伸ばして、短所を直す、それは無理だ――:ビジネス著者が語る、リーダーの仕事術(2/2 ページ)
世の中のすべての物事はトレード・オフの関係にある。何かを選ぶことは何かを捨てることと同義であって「いいとこ取り」はできない。
短所を直せば長所もなくなる
トレード・オフの典型例は、社会の至る所に溢れていますが、会社の中では人事部にも巣くっています。「社員の長所を伸ばして、短所を直す。それがわが社の方針だ」などとうそぶく人事部長が皆さんの周りにいませんか? これも、およそあり得ない話です。
人の長所と短所は同じもの(もしくはコインの表と裏)であって、要はその人の個性そのものです。例えば、「自分の意見をはっきり述べる」というグローバルな長所は、わが国のような同質化圧力の強い鎖国的な社会では「ともすれば協調性に欠ける」と見なされがちです。この人に沈黙を強いたら、どうなるでしょう。
短所を直せば同時に長所もなくなってしまうのです。人は、本来、皆三角形、四角形のように尖っているのです。短所を直そうとせっせと角を削れば、小さい円になってしまいます。少しは円満になるかも知れませんが、面積(能力、個性)は間違いなく小さくなるのです。わたしは「小さい円より大きな三角、四角」の方がはるかに好ましいと思っています。
反論が出るかも知れません。「尖った人ばかりで組織運営ができるのか」と。それでは、マネジメント失格です。古い石垣を見てください。ごろごろした尖った自然石が不規則に積まれています。しかし、長い風月に耐え至って頑丈です。
現代の石垣のように、同じ形をした同じ大きさの石を積み上げれば、工事はきっと楽でしょう。しかし、同じ形をした同じ大きさの人間は、2人といないのです。人事の妙は、個性の異なった人間を上手く組み合わせて古い石垣のような組織を創り上げることにあるのです。
人間はそれほど賢い動物ではないので、頭ではトレード・オフが理解できても、なかなか行動には移せないところがあります。では、どうすればいいのか? ケース・スタディーを積み重ねることが1番です。
わたしは「タテ・ヨコ思考」と呼んでいますが、要は、まず、昔の人に教えて貰えばいいのです。すなわち、古典を読んで、昔の人がどのように考えどのように生きてきたかを学ぶべきです。
次に、世界の人に教えて貰えばいいのです。世界中を旅して、人々の生きざまを学ぶべきです。タテ(過去)・ヨコ(世界)のインプットをひたすら増やし続けることが、直感や判断力を鍛え行動力を産む唯一の方法なのです。
タテ・ヨコ思考は、ビジネスの前提となる人間とその社会を、ありのままに見る手助けをしてくれます。これらのことは、別の本(「思考軸をつくれ(英治出版)」「常識破りの思考法(日本能率協会マネジメントセンター)」)にも書きましたので、興味があればご覧ください。
著者プロフィール:出口 治明
ライフネット生命保険株式会社 代表取締役社長
1948年三重県美杉村生まれ。京都大学を卒業後、1972年に日本生命保険相互会社に入社。企画部や財務企画部にて経営企画を担当。生命保険協会の初代財務企画専門委員長として、金融制度改革・保険業法の改正に東奔西走する。ロンドン現地法人社長、国際業務部長などを経て、同社を退職。 2005年より東京大学総長室アドバイザー(非常勤。2007年まで)を勤め、2006年にネットライフ企画株式会社設立、代表取締役就任。2007年より早稲田大学大学院講師(非常勤。2008年まで)。2008年の生命保険業免許取得に伴い、ライフネット生命保険株式会社に社名を変更、同社代表取締役社長に就任。2010年より慶應義塾大学講師(非常勤)。主な著書に、「直球勝負の会社」2009年4月(ダイヤモンド社)、「生命保険入門 新版」2009年12月(岩波書店)、「『思考軸』をつくれ」2010年6月(英治出版)、「ライフネット生命社長の常識破りの思考法」2010年12月(日本能率協会マネジメントセンター)など。
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