ビジネス成功の鍵は、HOWではなくWHAT:なぜサムスンは決断が早いのか(2/2 ページ)
前回は、サムスン電子のCEOが情報を活用するために、システム面のみならず、組織の面でも徹底した取り組みをしていることを紹介した。今回は、その背後にある考え方を学び、日本の企業を強くするヒントを導き出して行こう。
「情報」が重要という認識の違い
サムスン電子では、CEO自らが質の高い「情報」を集めることの重要性を認識しており、かつ、それを現場にまで徹底させている。この信念は、情報責任者の人事権まで持つ「Management Informationチーム」を設置したことにも現れている。
その上、サムスン電子のCEOは「情報」をただ集めているだけではない。その情報を元に、経営判断を行い、行動に結びつけている。それを知っているからこそ、各事業体の責任者は、「Management Informationチーム」の指摘も聞き入れ、自ら情報に対する責任を負うという仕組みに従っているのである。さらに、その責任者の下にいる第一線の現場においても、「CEOが情報の重要性を認識している」ということが分かるので、現場も真摯に取り組むことになる。
一方、情報収集という名のゴミ集めを招いた企業では、トップは「情報」の重要さは認識していたのだが、どのような情報であればその分析結果を経営判断に使用することができるのかという明確な考えがなかった。よって、現場責任者ならびに第一線の現場に、分析に資する「情報」の重要性が伝わらず、結果として最悪の情報収集に終わってしまった。残念なことに、このことがトラウマになり、その後本格的に情報収集できる仕組みを整えるまで数年ほど掛かることになってしまった。
この両者の違いは、大きい。その差を生んでいる重要な要素は、次の2つに集約される。
(1)必要な情報の内容と質が明確である
(2)かつその情報を実際の経営に役立たせている
この2つともができていない失敗例を、もう1つ紹介する。
ある企業で、顧客情報を元にマーケティング分析を行い、クロスセル・アップセルを推進することを計画した。ただ、それ以前には本格的なマーケティング分析に取り組んでこなかったため、考えうる限りの情報項目を洗い出し、システムを構築した。ところが、実際に情報を集める段になって、なかなか意図した情報が集まらなかったし、当然分析してみても、ほとんど新しい知見が得られなかった。さらに悪いことに、結果的にシステムとして用意していた情報項目の大多数が、その後も活用されることがなかった事が後で判明した。
振り返ってみると、まずは「どのような情報が本当に必要なのか」が、マーケティング部門内でも明確ではなかった(実際、どれもこれも必要と思っていた。が、これでは現場には伝わらないし、その結果、質の良い情報も集まらなくなる)。さらに、その情報を使ったマーケティングが十分には行われなかったため、情報収集は細々とは行われたものの、企業全体の収集活動までには至らなかった。
残念ながら、こういった状況は、他の企業でも発生している。今回の例はマーケティング業務だったが、一般にシステムが活用されていないという事例で起こっているのは、似たような事態である。システムを企画・作成した側が、「この情報は必要」「このプロセスは必要」と考えていても、そのシステムを使うことがその企業の役に立つことが現場には理解されないため、一過性のものに終わってしまうということが起きているのではないか。
当然、サムスン電子の事例はこれとは正反対の状況である。すなわち、経営側も現場も、「情報」の必要性を理解し、かつその「情報」が経営に生かされることを、経営側のみならず現場も知っている。だから、システムが活用されている。
では、いったいどのようにしてシステムを構築すると、サムスン電子のようになれるのか?
HowではなくWhat
先のマーケティングにおける悪い例は、「こんな分析を行ってみたい」「そういう分析が行えれば、こういうマーケティングが行えるはずだ」というところから出発していたが、この考え方自体は間違いではない。ただ、それを企業全体の動きにつなげていくためには、「マーケティング分析が、企業にとってどのような価値があるか」までコンセプトを昇華させる必要があった。それが無かったために、マーケティング部門以外の社員が、その情報収集の意味を日々の活動の中で意識することができず、結果として「情報」が集まらなかったのが失敗要因となっている。
一般的に、システム導入の失敗理由には次の3つがある。
(1)責任者・経営層の想い・ヴィジョンが全社に伝わっていないか、責任者・経営層に、「是非とも」という思いが欠落している
(2)情報システム部門(ベンダー任せ)で導入を進める
(3)そもそも、何のためにシステム化するのか、達成すべき投資効果はどれくらいか、十分に検討されていない
これは、いずれも「何のためにシステムを構築するのか(WHAT)」が明確でないままに「どのようなシステムを構築するのか(HOW)」という話が進んでしまっているからではないかと筆者は考える。
システム技術が進歩し、使いやすくなってきたとはいえ、必ずそれを使う現場の担当者なり、責任者なりが存在する。担当者や責任者が納得しないシステムは、結果的に思ったように活用されないことになる。サムスン電子もそれを認識しているがゆえに、現場の責任者がシステムをきちんと使うような組織を作っている。「研修」「説明会」「マニュアル」「ヘルプデスク」だけでは上手くいかないという認識なのである。
そう考えると、IT部門が「作った後あまり手がかからない、手離れの良いシステム」を目指しているようでは不十分だし、同じような傾向を持つITベンダーなど、HOWの専門家に任せきりではだめなのである。WHATを決める責任者が、最後までそれを徹底しないと、システムの導入は成功しない。
「WHATを追及する」こと――システム以外であれば、多くの日本企業が得意とするところだ。要は、この志向をシステム構築の際にも徹底することが重要というわけである。HOWではなくWHATを常に考えながらITシステムを上手く活用することが、日本企業の強さの源泉となると信じている。
著者プロフィール
溜田 信(ためだ・まこと)
A.T. カーニー 戦略ITグループ プリンシパル
東京大学工学部卒業。日本IBM、EDS、マイクロソフトを経て、A.T. カーニーに入社。IT・ハイテク企業や金融機関を主な顧客として、ITマネジメント、IT戦略、IT組織改革や、営業戦略、マーケティング、営業力強化などのコンサルティングを手掛ける。共著に『最強のコスト削減』(東洋経済新聞社、2009年)があるほか、専門誌での寄稿や講演も多数。趣味はマラソン。
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