中国医薬品市場の鍵を握るマーケットアクセス:飛躍(3/3 ページ)
中国の医薬品市場は、規模だけではなく収益性の面でも優れている。この市場での勝ち残りは、グローバルで戦う製薬メーカーにとっては必須命題だ。そのためにはなにをすべきか。
3、日系製薬メーカーへの示唆
こうした事業モデルのシフトに日系製薬メーカーは対応できているだろうか。ローランド・ベルガーが日系製薬メーカーの中国事業担当者と意見交換を行ったところ、各社ともこうした変化への対応の重要性を認識しながらも、本社レベルでは未だ中国における事業展開リスクを拭いきれないためか、まだまだ及び腰となっているとの声が複数聞かれた。しかし、このままでは欧米勢やローカル勢に遅れを取る一方である。事業モデルの変化を加速させるためには何が必要なのだろうか。
最も重要なのは、精度の高い市場情報を継続的に手に入れるしくみをつくることである。中国の急速な成長は非常に魅力的なものの、反面、日本や欧米のような正確かつ信頼できる情報源は極めて限定的だ。例えば、疾患領域別の患者数や医薬品市場規模について、信頼できる第三者データを中国国内で見つけることは非常に難しい。パブリックな情報が限られる中では、現地代理店を活用するなど、ローカルに網をめぐらせ、現場の生の情報を積み上げていくことで実態を把握するなどのしくみづくりが重要だ。日系メーカーでは、こうした視点で現地パートナーの選定、活用が徹底されているだろうか。
また、「どこをターゲット市場と捉えるか」も重要だ。前述のとおり、中国は広大であり、地域によって薬事規制や商習慣が異なっており、単一の事業モデルでは攻略できない。中国主要40 都市の一人当たりGDP及び対前年GDP成長率(図E:参照)を見ると、主要都市でも都市間の格差が非常に大きいことがわかる。先進諸国並みの所得水準に達しているのは一部の大都市のみであり、中国を単一の市場として捉えるのは難しいことが読み取れる。
適切な情報を入手し、ターゲットとする市場を定義した後、最後に求められるのは「事業に対する適切な評価」の実施である。一般的に中国は、総体として巨大な市場であることから事業性を過剰に評価しがちだ。しかし、現実的には、市場を総取りできるわけではないし、そもそも基になっている市場規模のデータすら信頼性に疑問が残る。しっかりとした調査をせずに、大まかに事業性を捉えて参入したもの、実態との乖離が大きく、思ったほどのリターンを得られずに「やっぱり中国はよくわからない。大きく投資するのは危険だ」と投資を萎縮してしまうケースが多い、とは複数の中国事業担当者の談だ。投資を縮小してしまうとさらに苦戦するのは目に見えている。こうした負のスパイラルに陥らないためにも、適切な事業性評価が重要なのである。
4、おわりに
ローランド・ベルガーは、中国市場への参入戦略策定をこれまで数多く支援してきた。出自である欧州系企業や日系企業だけではなく、中国のローカル企業の事業展開の支援実績も豊富に有している。
特に、ヘルスケア領域は弊社が中国において数多くの経験とノウハウを有する分野の一つである。近年は本稿でも論じたマーケットアクセス関連の相談が大幅に増加している。前述のとおり、どのプロジェクトでも肝になるのは現地現物による正確な情報の収集と競争優位性あるターゲット市場の設定と現地に根ざしたマーケットアクセスモデルの立案、および適切な事業性の評価である。是非今一度中国でのマーケットアクセスモデルをレビューしてみてはいかがだろうか。
著者プロフィール
諏訪 雄栄(Suwa Yoshihiro)
ローランド・ベルガー インドネシアジャパンデスク シニア プロジェクト マネージャー
京都大学法学部卒業後、ローランド・ベルガーに参画。日本および欧州においてコンサルティングに従事。その後、ノバルティスファーマを経て、復職。製薬、医療機器、消費財を中心に幅広いクライアントにおいて、成長戦略、海外事業戦略、マーケティング戦略、市場参入戦略(特に新興国)のプロジェクト経験を多数有する。
著者プロフィール
閭 琳(Lin Lu)
ローランド・ベルガー コンサルタント
慶応義塾大学政策・メディア研究科を卒業後、ローランド・ベルガーに参画。医薬品、食品などのヘルスケアや消費財および商社、自動車を中心に事業戦略、マーケティング戦略、新興国参入・展開戦略の立案および実行支援のプロジェクトを多く手掛ける。ヘルスケア&ビューティーグループのメンバー。日中BOP事業研究会事務局長も務める。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
関連記事
- 動くイノベーションを捉える
- 不確実な将来に打ち勝つ戦略マネジメント〜グローバル企業へ脱皮するための要諦〜
- 国民皆保険へと動き出したインドネシアヘルスケア産業の魅力と落とし穴
- 欧州メガトレンド
- インドネシアのeコマース市場 現状と参入のタイミング
- 「本社が持つべきケイパビリティ」の提言――欧州企業の調査を踏まえて
- ASEAN市場攻略の要諦
- 日系電機メーカーの中国との付き合い方
- 今こそ問われる新規事業開発の在り方
- 人口高齢化の企業経営への示唆
- 80億人市場に対する意識転換の必要性――新・新興国の実態と日本企業のチャンス
- 多極化する世界市場で勝てるブランドをつくる
- 新興国市場での成功の鍵――「FRUGAL」製品の可能性と落とし穴
- 日本企業を再成長に導く経営計画のあり方――10年後、20年後を見据えた自社のありたい姿を描くポイント