政府は、美濃部達吉が執筆した憲法の本が、安寧秩序を害するとして、出版法19条によって発売禁止とし、さらに、天皇機関説を教室で教えることも禁止したのです。
憲法の「論理」とは、「前提(=法の本質)に、事件(=天皇機関説事件)をあてはめて、結論(合憲か違憲か)を導くこと」を言います。
明治憲法による結論【=合憲】と、今の憲法による結論【=違憲】が違うのは、前提となる法の本質が違うからです。すなわち、前提となる法の本質が変われば、論理的に導かれる結論も変わってくるのです。
3、憲法の「改正」
憲法の本質を考えるうえで、格好の材料となるのは、自由民主党が2012年4月に発表した「(日本国憲法)改正草案」です(「改正草案」の内容・解説は、自民党のホームページに掲載されています)。
憲法の「改正」というと、一般には、9条(つまり戦争放棄の部分)をどうするかについての論議と思われがちですが、私が「改正草案」を見て、いちばん違和感を覚えたのは、憲法13条の改正草案でした。
先ほど、憲法の本質は、「基本的人権を保障することにある」と言いましたが、さらに本質を追究していくと、憲法の本質中の本質として、憲法13条に規定されている「個人の尊厳(=国民一人一人が個人として尊重されること)」に行き着きます。
この「個人の尊厳」は、憲法学の授業で初めに学習する「憲法の根幹」です。
その13条の「個人として」が、改正草案では、「人として」に変わっていました。いったい、どういうことなんだろう? そんな疑念をいだきながら改正草案を見ると、憲法の本質が、「国民の権利・自由を確保すること」から、「国家の形成・成長を確保すること」に変容していました。基本的人権の内容も、「人間が生まれながらにして持っている権利」から、「共同体の中で生成された権利」に変わっていました。国民主権も、「人類普遍の原理」から、「国の統治システムの一部」に格下げされていました。
他方で、「改正草案」の“個々の”条項案を見ると、在外国民の保護、犯罪被害者などへの配慮、教育環境の整備など、今の憲法の本質に沿う規定もありますし、憲法9条の改正草案も、さまざまな議論はありますが、少なくとも、今の憲法の本質に反するものではありません。
憲法の「改正」について、私たち国民の一人一人が「政治家」として正しい決断をするためには、常に「本質から考える」という姿勢が大切です。
「改正草案」のなかで、何が“ヤバくて”、何が“ヤバくないのか”。そのことを考えるには、必然的に、憲法の本質を追究すること(=本質思考)、追究した本質を前提に論理的に結論を導くこと(=論理思考)が必要になります。
憲法の「改正」について考えることで、ビジネスに効く本質思考と論理思考を鍛える……そのような意識で、ぜひ、モチベーションを高めて、憲法の学びに取り組んでほしいと思います。
著者プロフィール:白川敬裕
弁護士(東京弁護士会所属)原・白川法律事務所パートナー
東京大学法学部卒、ラサール高校卒。大学4年在学中に司法試験に合格。最年少(当時)の24歳で裁判官に任官。民事訴訟、医療訴訟、行政訴訟、刑事訴訟等の合議事件に関わる。民事保全、民事執行、令状等も担当。2003年 弁護士に転身。著書「ビジネスの法律を学べ!」(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、「図解でスッキリ! 民法改正 重要テーマ100」(中央経済社)、「本物の勉強法」(ダイヤモンド社)、「会社の健康リスク対策は万全か」(共著 フィスメック)
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