目指すのは「のび太くんの部屋」? 「らしさ」を生かしてDXを推進 ── J.フロントリテイリング 野村泰一氏:デジタル変革の旗手たち(2/2 ページ)
J.フロントリテイリングがコロナ禍の守りからトップラインの成長を追求する「攻め」の戦略に転じた。その核となるデジタル変革をけん引するのは、やはり逆風の最中にあった航空業界大手でさまざまな成果を上げてきた野村泰一氏だ。次のフィールドでは、どのようなDXを推進しようとしているのだろうか。ITmediaエグゼクティブのエグゼクティブプロデューサーである浅井英二が話を聞いた。
デジタル戦略の心得、奥義をまとめた「虎の巻」も用意
では、デジタル戦略を実行していくため、どのようにしてこの2つのコア人財を育成していくのか、野村氏が準備したドキュメントや教育プログラムを見ていこう。ちなみにドキュメントはもちろんのこと、教育プログラムもその多くは内製されたものが占めている。継承されていく中でさらに進化させていくことが狙いだ。
既に触れた通り、教育は「スキル」だけではダメ、「マインド」「ナレッジ」も必要、という三位一体の考え方がベースとなっており、JFRならではのマインドやナレッジもメニューに加える。
マインドセットの育成では、ベースとなるドキュメントである「花伝書」なるものを作成。世阿弥が記した能の奥義のようにDXのマインドをまとめたもので、8巻で構成される。その最初の巻に「スピードが価値であることを忘れないでいよう」を持ってきたのは、スピードという従来とは違う新たな価値観をまずは取り入れるのが目的だという。さらにこれを展開する形で、より実践的なケーススタディ集として「そもさん&せっぱ」も作成している。アニメの「一休さん」でも知られているが、師と弟子の問答集のようなものだ。
ナレッジの教育は、JFRの業務プロセスに沿って花伝書マインドが展開されたドキュメント、「システム開発のすゝめ」がベースとなる。このシステム開発のすゝめは、マクロ的な章とミクロ的な章で構成されており、前者は案件をビジネスの観点とシステムの観点、お客さまを含めたデザインの観点、つまりマクロの視点で考え、後者は、そのあと共感や掘り下げ、思考、チェックというミクロな視点での問題解決が重要になることが書かれている。さらには、副読本として「デジタルデザイナーのチェックリスト」も用意する。
黄色いテントウムシを使ってJFRのアセットを活用
こうしてJFRに必要なデジタル人財像が明確にされ、育成のためのプログラムも整えられ、JFRのDXは実践の段階に入っていく。野村氏は、「スキル教育は外部の知見が必要ですが、ナレッジやマインドは内製化しているので、いい循環ができていくと思います。今後、プログラムの一部は全社に公開され、グループ全体で人財発掘・育成にも取り組んでいきたいと考えています」と話す。今後は、育ってきた人財とビジネスの現場がどのように共同作業していくのか、データを活用する環境をどのように進化させていくのかが課題になる。
育ってきた人財がビジネスの現場と一緒になってどのようなデザインをしていくのかに関しては、全社向けのプロモーションが重要であり、組織を越えたコミュニティーづくりを検討している。またグループデジタル統括部の取り組みを発信する仕組み作りも必要になる。野村氏は、「先日、古民家でワークショップを開催したのですが、ゲストとして広報や人事の担当者も招いて、デジタル人財の教育プログラムを体験してもらい、社内ポータルなどで社内発信してもらいました」と話す。
また、データ環境については、現状ではデータレイクに蓄積されている顧客データと販売データを使い、店舗単位に売り上げを見ているが、今後は、全国主要都市に店舗を展開するという自分たちの強みを生かし、顧客の行動データや嗜好データなど、データレイクに蓄積されるデータの幅を広げることも目指している。
「今後、データレイクを生かすためにも、コミュニケーションを密にして、マインドや人財育成の状況をみながら、環境やプロセスをより良い形にデザインし、JFRらしいDXを推進したいと考えています。共に汗をかいてくれる仲間も募集しています」と野村氏。
ドラえもんの“どこでもドア”のような道具に着目するのではなく、コミュニケーションや文化により新しいものが生まれる“のび太くんの部屋”を作るイメージだという。前職ではアブラムシという課題を捕食して解決する従来の赤いテントウムシになぞらえてワークショップをつくってきたが、花に付く菌を食べるという黄色いテントウムシを使い、JFRのアセットを活用するアイデアを引き出す新たなワークショップを生み出したという。
「入社して4カ月がたち、多くの社員と話をしたり、ワークショップを開催したりして、わたしもJFRの社員らしくなってきたと思っています。前職での成果を軸にするだけでなく、現場を起点にデータやプロセスに基づいてものごとを捉えるのは、働く場所が変わっても大切にしたいところです。少し大きな話になってしまいますが、百貨店とか航空会社という視点ではなく、日本のマーケットが元気になることで、多くの企業の健全な経営と成長が可能になる構造を目指しています」(野村氏)
聞き手プロフィール:浅井英二(あさいえいじ)
Windows 3.0が米国で発表された1990年、大手書店系出版社を経てソフトバンクに入社、「PCWEEK日本版」の創刊に携わり、1996年に同誌編集長に就任する。2000年からはグループのオンラインメディア企業であるソフトバンク・ジーディネット(現在のアイティメディア)に移り、エンタープライズ分野の編集長を務める。2007年には経営層向けの情報共有コミュニティーとして「ITmedia エグゼクティブ」を立ち上げ、編集長に就く。現在は企業向けIT分野のエグゼクティブプロデューサーを務める。
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