自分らしく幸せに生きる――「ウェルビーイング」でリデザインする社会とビジネスの在り方:ITmedia エグゼクティブ勉強会リポート(2/2 ページ)
経営、テクノロジー、政治など、さまざまな分野から注目を集める言葉「ウェルビーイング」という概念で変わるビジネスについて、『ウェルビーイングビジネスの教科書』などの著書を持つ藤田康人氏が話した。
「私が最初に食品会社で低カロリーの甘味料を販売していた頃は、コーラは高カロリーな飲料でした。しかし、やがてカロリーゼロが発売され、今では、脂肪の吸収を抑えて食後の血中中性脂肪の上昇をおだやかにする「コカ・コーラ プラス」が発売されるようになりました。つまり、コーラが体に悪いものから、カロリーゼロというニュートラルなものになって、そして今度はメタボ予防という体に良いものに進化したんですね。さらに現在は、クラフトコーラのブームも起きています。これは機能的に病気予防などができるコーラではありませんが、ナチュラルな薬草などを使った手作りで、味もおいしくなっています。SDGs的な流れもあって、環境にやさしくナチュラルなものが、最上の価値になっています。ヘルス、ウェルネスのみならず、ウェルビーイングが重要視されるようになった価値観の変化が分かると思います」(藤田氏)
ビールも同じで、糖質ゼロやアルコールゼロ、トクホ製品などが隆盛を誇るとともに、同時進行でクラフトビールのブームも起きている。
「ビールメーカーも変化してきています。バドワイザーは、“We exist to bring people together.(人を集めるためにわれわれは存在する)”というパーパスを掲げています。人々が集ってビールを飲むことで、幸せホルモンのオキシトシンが出て、幸せになる、これこそがウェルビーイングです。このパーパスを掲げてから、バドワイザーのブランド価値も高まっています」(藤田氏)
日本では、「よなよなエール」「水曜日のネコ」などのクラフトビールを販売しているヤッホーブルーイングが“ビールに味を! 人生に幸せを!”というパーパスを掲げ、人々が集うコミュニティーを提供することで、独自のブランド価値を形成している。
関係性のリデザインで、新しいビジネスモデルが生まれる
コモディティ化の進んだ洗剤など消費材の分野でも、ウェルビーイング的なアプローチが進む。
「お風呂掃除などの洗剤は、汚れが落ちるかどうかではもう差別化ができないくらい、製品が進化しています。そこで現在は“こすらなくても汚れが落ちる”“簡単にストレスなく汚れが落ちる”など、“家事のストレスを減らす”“家事の時間を減らして、家族と過ごす時間を提供する”というウェルビーイングな価値を提供する方向へ進んでいます」(藤田氏)
“汚れが落ちる”という製品そのものの価値ではなく、“家事の手間が減り、そこに暮らす人々の幸福度を上げる”というウェルビーイングな価値を提供することが重要になってきている。
「本来、全てのビジネスは“顧客をどのように幸せにするか”がゴールであるべきなんです。お客さまはただ健康になりたいわけではない。健康になったうえで、“自分らしく幸せに生きていきたい”というゴールがあるはずなんですね。そのために、お客さまと自分たちのつながりかた、関係性を再構築していく必要があります。これを私は“関係性のリデザイン”と呼んでいます。そして、その究極にあるのがブランドパーパスです。ウェルビーイングに価値を置いて顧客との関係性をリデザインしていくことで、まったく新しいビジネスモデルが生まれることがあります」(藤田氏)
かつて藤田氏は、キシリトールを日本に普及させ、2000億円の市場を作り上げた。このキシリトールの普及を手伝ってくれたのが、歯科医師だった。虫歯の治療を行う歯科医師にとって、虫歯が減ることはビジネスの衰退につながるはずであるが……。
「1997年当時、日本の歯科医のビジネスモデルは“治療型”だったんですね。しかし、虫歯の有病率は、日本の全人口の10%。90%は歯科医師の顧客ではありませんでした。しかし、キシリトールによる“予防歯科”という概念の普及で、虫歯がない9割の人が定期検診のために歯科医に来るようになります。そうやって虫歯になった時だけ治療のために来る場所から“虫歯を予防するために定期的に来る場所”に変えたんです。その頃は気付いていなかったんですが、これは、顧客のQOLをあげる、ウェルビーイング的アプローチでした。知らず知らずのうちに、ウェルビーイングを活用して歯科医と患者の関係性をリデザインし、新しいマーケットとビジネスモデルの創出をしていたのです」(藤田氏)
自社の顧客を知り、顧客一人一人の幸せについて考え抜く
コロナ禍をへて、生活が変化したことでさらに強まったウェルビーイング的価値観。血圧やBMIといった誰にでも当てはまる指標があるヘルス、ウェルネスと違って全ての人に当てはまる指標のないウェルビーイングでは、自社の顧客がどのような幸せを求めているのかを深く知ることが重要になる。
藤田氏は「ウェルビーイングは、全ての企業における顧客一人一人の幸せを実現するための思想であり、アプローチです。ビジネスにおいては、顧客との関係性をどうリデザインしていくかが重要です。これからはあらゆる産業がウェルビーイングの方向に向かっていくでしょう。ウェルビーイングの本質について、理解を深めていただければと思います」とまとめて講演を終えた。
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