マネジメント力を科学する

第54回:エグゼクティブこそ今観たいSF4選。『攻殻機動隊』『PLUTO』からみるAI時代の「人間の仕事」

 生成AIが急速に普及し、「AIに何を任せ、人間は何を担うのか」という問いが、あらゆる企業で現実の経営課題になりました。資料を作る、情報を整理する、分析する、アイデアを出す。これまで知的労働と呼ばれてきた仕事のかなりの部分を、AIが担えるようになりつつあります。

 こうした時代だからこそ、私はマネジャーの皆さんにはぜひとも幾つかのSF作品を観てほしいと思っています。なぜなら優れたSFは、未来のテクノロジーを予言する作品ではなく、「テクノロジーが進化したとき、人間とは何なのか」を考える作品だからです。

 経営やマネジメントでも、同じ問いが目の前に迫っています。AIが人間以上に情報を処理し、判断を支援し、ときには自律的に仕事を進めるようになったとき、マネジャーは何をする人なのか。組織に人間がいる意味とは何なのか。今回は、そんなことを考えるために、いま改めて観てほしいSF作品を4本挙げてみたいと思います。

 なお、今回紹介する作品は、現在NetflixやAmazon Prime Videoなどの各種動画配信サービスでご覧いただけます。

『攻殻機動隊』──「私は誰か」を問い続ける時代

 まず挙げたいのが、『攻殻機動隊』です。経営者でもファンの多い作品で、2026年にも原作マンガを忠実に再現した新シリーズが制作・放映されたばかりです。1995年の映画化を皮切りに、2000年代、2010年代、2020年代と時間をかけてシリーズが展開されてきました。

 人間の身体の多くが機械化され、脳そのものまでネットワークにつながる世界。その中で物語が問い続けるのは、「人間を人間たらしめているものは何か」というテーマです。身体なのか、記憶なのか、意識なのか。それとも、自分自身を自分だと認識する何かなのか。

 この問いは、生成AI時代の仕事にもそのままつながります。

 これまで僕たちは、「自分ができること」を自分の価値だと考えてきました。資料を作れる、文章を書ける、データを分析できる、企画を考えられる。ところがAIが同じことを、しかも圧倒的な速度でこなすようになると、「できること」だけでは自分の価値を説明できなくなります。

 そこで問われるのが、「自分は何を大切にする人なのか」「何を実現したいのか」という意思です。

 マネジャーについても同じでしょう。業務を管理すること、情報を整理すること、部下の仕事をチェックすることがマネジャーのアイデンティティーだった時代は終わりつつあります。AIに仕事を奪われるというより、仕事によって規定されてきた自分自身を、もう一度定義し直さなければならなくなるのです。

 思考とは何なのか、意思は誰が持っているのか。それはAIでも持てるものなのか、人間だけが持つものなのか?

主人公、草薙素子の名セリフ、「そう囁くのよ、私のゴーストが」。まさにここで言われる「ゴースト」こそが、人間しか持ち得ない存在証明・意思なのです。

 AI時代に問われるのは、能力ではなく「意思を持った存在であるか」です。

『ブレードランナー』──人間らしさとは、能力ではなく感情なのか

 次に挙げたいのが、『ブレードランナー』です。1982年公開、ハリソン・フォードが主演を務めています。近未来SFでの伝説的作品に位置付けられており、2017年に続編『ブレードランナー2049』が公開され、これも大きな影響を及ぼす作品となりました。

 人間とほとんど見分けのつかない人工生命体「レプリカント」が存在する世界で、物語は「人間と人工物を分けるものは何なのか」という問いを突きつけます。

 高い知能を持ち、身体能力にも優れ、記憶を持ち、感情すら見せる存在が現れたとき、人間の優位性はどこにあるのでしょうか。

 これは、いままさにAIを前にした僕たちが直面している問いでもあります。

 AIが文章を書き、絵を描き、音楽を作り、相談相手にもなる。さらにAIエージェントが組織の仕事を担うようになれば、「人間だからできる」と思っていたことの境界線は、ますます曖昧になります。

 そこで浮かび上がってくるのが、他者に共感すること、苦悩すること、迷うこと、誰かを大切に思うことといった、人間の不完全さです。

 マネジメントでも、実はこの不完全さが重要になります。

 人はロジックだけでは動きません。正しい戦略を示したからといって、部下が動くわけでもありません。不安になり、嫉妬し、迷い、ときに非合理的な判断をする。その人間を理解し、それでも一緒に前へ進もうとするところに、人間のマネジャーの役割があります。

 AIが合理的になればなるほど、マネジャーには「非合理な人間を理解する力」が必要になるのです。

『PSYCHO-PASS サイコパス』──正しい判断をAIに委ねてよいのか

 3つ目に取り上げたいのが、『PSYCHO-PASS サイコパス』です。「攻殻機動隊」のTVシリーズを手がけた制作会社Production I.Gが、「踊る大捜査線」の本広克行監督とタッグを組んだ作品で、2012年から2020年までテレビシリーズと劇場版とを織り交ぜて放映・公開され、2023年に最新作の劇場版公開があり、今後の続編も期待されています。

 この作品では、人間の心理状態や犯罪の可能性まで数値化し、その結果に基づいて社会が運営されています。社会全体を巨大なシステム(人間のあらゆる心理状態や性格傾向の計測が可能となり、それを数値化する「シビュラシステム」が厚生省管轄下で稼働)が判断し、人々はその判断に従って生きています。

 非常に効率的な社会です。しかし同時に、恐ろしい社会でもあります。

 なぜなら、「誰が判断するのか」という問題が消えてしまうからです。

 生成AIが企業経営に入り始めると、似た問題が起きます。採用候補者をAIが評価する。人事評価をAIが補助する。売上予測をAIが行い、投資判断をAIが提案する。こうした仕組みは、これから急速に広がっていくでしょう。

 そこで注意しなければならないのは、「AIがそう言っているから」という言葉です。

 AIは優れた分析をします。しかし、どの価値観を優先するかまでは決められません。短期利益を最大化するのか、従業員を守るのか、顧客への価値を優先するのか。そこには必ず経営者やマネジャーの意思が必要です。

 AI時代に最も危険なのは、AIが間違えることではないのかもしれません。

 人間が「AIが決めたことだから」と、自分自身の判断責任を手放してしまうことです。

 マネジャーの仕事とは、判断をAIに委ねることではありません。AIが提示した選択肢を踏まえ、それでも最後は「自分はこれを選ぶ」と引き受けることです。

『PLUTO』──高度なAIにも「心」は生まれるのか

 最後に挙げたいのが、『PLUTO』です。

 手塚治虫の『鉄腕アトム』の一編を浦沢直樹氏が再構築した原作マンガの配信アニメ化で、この作品では高度な知性と感情を持ったロボットたちが登場します。彼らは働き、家族を持ち、友情を育み、悲しみ、怒ります。

 そこで描かれるのは、単純な「人間対ロボット」という対立ではありません。むしろ、人間とロボットのどちらが人間らしいのか分からなくなっていく世界です。

 僕がこの作品から強く感じるのは、「能力が高いこと」と「尊重されること」はまったく別の問題だということです。

 これはマネジメントにも通じます。

 企業では、ともすると人を「能力」や「成果」で見ます。売上はいくらか、評価は何点か、どれだけ生産性が高いか。人的資本経営が進めば進むほど、人の能力をデータとして可視化しようとする動きも強まるでしょう。

 しかし、人はデータではありません。

 能力が低下したから価値がなくなるわけでもなければ、成果を出せない時期があるから存在意義がなくなるわけでもありません。人には、それぞれの歴史や感情、関係性があります。

 AIが人間以上の能力を持つ時代になれば、むしろ「能力以外の価値」を認識できることがマネジャーには重要になります。

人を見るということは、スキルを見ることではありません。その人そのものを見ることなのです。

4作品に共通しているのは「人間とは何か」という問い

 『攻殻機動隊』『ブレードランナー』『PSYCHO-PASS サイコパス』『PLUTO』。制作された時代も、描かれる世界も異なります。

しかし、4作品には1つの共通した問いがあります。

 それは、「テクノロジーが人間に近づいたとき、人間の価値とは何なのか」という問いです。

 これまで企業では、「できる人」が価値の高い人でした。大量の情報を処理できる人、素早く判断できる人、正確に仕事をこなす人が評価されました。

 しかしAIがこうした能力を急速に獲得していけば、人間の競争優位を「能力の高さ」だけで説明することは難しくなります。すると、意思を持つこと、価値を選ぶこと、他者に共感すること、責任を引き受けること、人の可能性を信じることといった、これまで仕事の世界では脇役だった能力が前面に出てきます。

 それは偶然ではありません。AIが「できること」を拡張するほど、人間には「何をするべきか」を決めることが求められるからです。

SFは未来を予測するためではなく、現在を問い直すために観る

 SFというと、「未来を予言した作品」という紹介をされることがよくあります。しかし私は、SFの価値は未来予測にはないと思っています。

SFが私たちに与えてくれるのは、現在の常識から距離を取るための思考実験です。

 もし人間とAIの区別がつかなくなったらどうなるのか。もし人間の評価を全てアルゴリズムが行ったらどうなるのか。もしAIにも感情や人格が生まれたら、人間はそれをどう扱うのか。

 極端な世界を一度想像することで、現在の私たちが無意識に持っている前提が見えてきます。

 これはマネジャーにも非常に重要な能力です。

 未来を正確に予測する必要はありません。しかし、「いまの常識が崩れたらどうなるか」を想像できなければ、変化への準備はできません。

マネジャーに必要なのは、未来を当てる力ではなく、未来から現在を見る力なのです。

AI時代のマネジャーは「人間とは何か」を考える人になる

 AI時代のマネジメントについて語るとき、僕たちはつい「どのAIを導入するか」「何を自動化するか」「どれくらい生産性が上がるか」という話に向かいます。

 もちろん、それも重要です。しかし、本当はその一段手前に、もっと大きな問いがあります。

 AIが仕事をするようになった組織で、人間は何のために働くのか。AIが正しい答えを出してくれるとき、人間は何を判断するのか。AIの能力が人間を超えたとき、僕たちは人を何によって評価するのか。

 これはシステム部門だけが考える問いではありません。経営者とマネジャーが考えるべき問いです。

 私は、これからのマネジャーには「人間について考える力」がこれまで以上に必要になると考えています。

AI時代のマネジメントとは、テクノロジーを管理することではない。テクノロジーが進化し続ける世界で、「それでも人間に何を託すのか」を決め続ける営みである、と。

 AIがどこまで進化するかは、まだ誰にも分かりません。

だからこそ、『攻殻機動隊』を観て「自分とは何か」を考え、『ブレードランナー』を観て「人間らしさとは何か」を考え、『PSYCHO-PASS

サイコパス』を観て「誰が判断すべきか」を考え、『PLUTO』を観て「人を尊重するとは何か」を考えてみる。

 SFは、マネジャーにとって娯楽であると同時に、最高のケーススタディーなのです。

著者プロフィール:井上和幸

株式会社経営者JP 代表取締役社長・CEOに

早稲田大学政治経済学部卒業後、リクルート入社。人材コンサルティング会社に転職、取締役就任。その後、現リクルートエグゼクティブエージェントのマネージングディレクターを経て、2010年に経営者JPを設立。2万名超の経営人材と対面してきた経験から、経営人材の採用・転職支援などを提供している。2021年、経営人材度を客観指標で明らかにするオリジナルのアセスメント「経営者力診断」をリリース。また、著書には、『社長になる人の条件』『ずるいマネジメント』他。「日本経済新聞」「朝日新聞」「読売新聞」「産経新聞」「日経産業新聞」「週刊東洋経済」「週刊現代」「プレジデント」フジテレビ「ホンマでっか?!TV」「WBS」その他メディア出演多数。

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