セキュリティリーダーの視座

5年で辞める予定の元数学青年が「しなやかな心とぶれない軸」でCISOへ - 富士通 太田氏(2/2 ページ)

CISOとして得た「会社をどう守るか」という視点

――セキュリティを担当することになった経緯を教えてください。

大田氏: 社長に「やれ」と言われたからです(笑)。

 実は、2021年5月、富士通のプロジェクト情報共有ツール「ProjectWEB」が不正アクセスを受けるインシデントがありました。以前からセキュリティ体制の強化を検討してはいましたが、これを機に専任のCISOを置き、サイバーセキュリティの体制を再構築することになったのです。

 当時、私はクラウドの仕事から離れ、シニアフェローとして現場を支援するような立場になっていました。少しゆっくりできると思っていたら、シニアフェローになって5カ月ほどして「セキュリティを専任でお願いしたい」と言われたんです。それで、2021年の10月にCISOになりました。

――それまで、セキュリティの仕事はどの程度経験していたのですか。

大田氏: 全く経験がありませんでした。最初の1、2年は、実際に起きたヒヤリハットや攻撃の痕跡、世間のインシデントから学びました。攻撃手法を調べ、問題の原因を探り、対策を検討していく。そうやって、いろいろなテクノロジーやセキュリティの基本を学んでいきました。

 ただ、個々のインシデントを検討しているだけでは、どうしても対策は部分的なものになります。そのうち、インシデントが起きるかどうかにかかわらず、例えば侵入されても大きな被害を出さないためにはどうするか、と考えるようになりました。

 「これをどう直すか」というエンジニアの視点から、「経営から見て会社をどう守るか」という視点へと変わっていったのです。そこがCISOという仕事の重要なところだと思います。

ルールだけに頼らないモニタリング

――CISOとして、社内の関係者とはどのように向き合っていますか。

大田氏: 社内では、かなり感じの悪い人だと思われているでしょうね(笑)。

 セキュリティに関する報告を経営層に行う際、以前は、関係者に状況を確認して、事前調整をしてから説明するような文化がありました。しかし、セキュリティを本気で強化していくのであれば、緊張感を高めなければなりません。私は事前調整をせず、「今、この部署はこういう状況です」と経営会議でそのまま言います。それで「太田にやられた」「太田に嫌みを言われた」と言われることもあります。

――CISOとして社内に働きかける際、何を重視していますか。

大田氏: 強制的にやらせるだけでは、現場は自律的に動くようになりません。かといって、厳しく指摘し続ければいいわけでもない。ならばどうすればよいのか。

 私はモニタリングが重要だと考えています。適切なルールを作っても、それが守られるとは限りません。危険はないか、適切な運用ができているかを把握できる状態にしておく必要があります。

 特に大きな会社では、役員や事業部長が、現場の状況を全て把握することは難しい。「ちゃんとやっています」と経営に報告していても、彼らの知らないところでイレギュラーな運用があるかもしれません。

Photo by 山田井ユウキ

 CISOとしては、会社を守れていることを、客観的に確認できるようにする必要があります。そのためには、テクノロジーを使ったモニタリングが必要だと考えています。

――CISOという仕事は、ご自身に合っていたと感じますか。

大田氏: 合っていたと思います。理由は、私がテクノロジーファーストだからです。CISOの役割には、ガバナンスを起点に考えるアプローチもあります。ルールを整備し、組織としてそれを守っていくことを重視する考え方です。

 これは、とても大事なことですが、私は、テクノロジーを使ってどうセキュアにするか、それによってどう客観的にモニタリングできるかを考えます。もともと技術を起点に考える人間なので、そういう意味で富士通のCISOは私向きの仕事でしょう。

「しなやかな心とぶれない軸」という仕事観

――大切にしている言葉はありますか。

大田氏: 「しなやかな心とぶれない軸」です。私にとって大切な考え方です。

 ぶれる上司って嫌じゃないですか。そういう人には、ついていきたくなくなる。一方で、全く変化できない人も駄目です。

 大事なのは、ゴールそのものは変えないこと。ただ、そこへたどり着くまでの道は、その時々の状況に応じて変えていかなければいけません。

 変化と軸は両輪だと思っています。変化に追随できなければ生き残れないし、だからといって軸がぶれていてもいけない。「しなやかな心とぶれない軸」は、人として、企業の中で働く人間として必要だと感じています。

「会社をどう守るか」という考え方を伝えたい

――今後、個人として取り組みたいことはありますか。

大田氏: セキュリティの分野で業界に貢献したいと思っています。例えば、「会社をどう守るか」をテーマに本を書いてみたいですね。会社全体をどう守るかを扱った本は、どこにもないと感じています。本でなくてもいいのですが、いずれにしても、そうした考え方を伝えたいです。

――人材育成については、どう考えていますか。

大田氏: 「セキュリティは特別だ」「セキュリティ人材が足りない」とよく言われますよね。ただ、私が引っかかるのは、セキュリティには特殊な能力が必要だと思われているところです。会社を守るという点において、そこは少し違うんじゃないかと個人的には思っています。

 私自身、セキュリティに携わり始めたのは2021年で、まだ5年ほどです。それでも、比較的早い段階でセキュリティの仕事に対応できるようになったと感じています。その経験も踏まえて、何をベースに考えればいいのか、セキュリティをどう見ればいいのか、テクノロジーとどう向き合えばいいのか、などの考え方を伝えられたらと思っています。

Photo by 山田井ユウキ

――今後、さらに考えを深めたいテーマはありますか。

大田氏: フェイルセーフを起点に考えてみたいですね。昨今世間を騒がせているさまざまなインシデントからも分かるとおり、サイバーで起きたことが物理世界にも影響を及ぼすようになっています。さらに今後はフィジカルAIが社会に浸透していくでしょう。

 そうなると、これからはサイバー空間だけを見ていればいいわけではありません。サイバーが物理に影響することまで考え、どうフェイルセーフにしていくのか。そこをきちんと理論立てて整理できたらと思っています。

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サイバー攻撃が高度化する今、もはや一社だけで立ち向かうことはできません。本連載では、第一線で活躍するセキュリティのキーマンの経歴や思考、現場で培った実践知を紹介し、多くの方の判断のヒントとなる視点を届けます。ITmedia エグゼクティブでは、こうした知見を起点に、組織を越えた協力や交流の場づくりも進めていきます。

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