ある工場長への「洗脳作戦」間違いだらけのIT経営(1/2 ページ)

トップ・経営陣がITを理解するというのは具体的にはどのレベルのことだと理解すればよいのか。ITを導入といえば人員削減しかイメージできない人をどう説得するのか。

» 2008年02月06日 09時00分 公開
[増岡直二郎,ITmedia]

大局が見えない、見ようとしない

 幸いにしてトップ・経営陣が、自らあるいは関係者の努力でITを理解しようとする姿勢を示したとして、肝心の「ITを理解する」とはどういうことかを明らかにしておかないと、トップ・経営陣が前へ進むことができない。

 ITを理解しない、また理解しようとしないトップの例から、「ITを理解する」とは具体的にどういうことなのかを考えていきたい。

 筆者は、コンサルティングに入った中堅の某電子機器メーカーのメイン工場にいた、B取締役工場長にかなり手を焼いた経験がある。工場トップのBは設計部門出身で、製品開発や設計の原価低減、最終収益などには異常な関心を持っていたが、その他のテーマについては淡白だった。大局が見えないという点で、既にBは経営者失格とも言えた。

 特に情報システム部門には、偏見があるのではないかとさえ思えた。昇給・賞与の査定会議があるたびに、Bは「システム部門の連中は何をやっているか分からない」と言って、情報システム部門員の査定点を叩きに叩いた。

 ERPを導入したときも、「本社の指示だから、無駄な投資であることは明らかだが、止むを得ない」と言って、渋々認めたほどである。そして、「ERPを導入するのだから、これで、残業も人も必ず減ると約束しろ」と、関係者に迫った。それ以降、機会あるたびにBは、「人が減っていないではないか」と関係者を責め続けた。

 情報システム部門やその管轄をする経理部長らが、トップの意識を変えようとしていろいろな機会を作ろうとしたが、全く聞く耳を持たず、「君たち専門家は,何のために存在しているのだ。トップを煩わすな」と怒った。

 こうした困難で憂うつになりそうな状況を見て、筆者はBの「洗脳」を試みた。その結果、Bは考え方を改める兆しを見せたが、情報システム部門など関係者との勉強会開催や、ITへの主体的なコミットメントなどに対しては逡巡した。それでもなお筆者は根気よく理解を求めたが、道半ばでBは転勤になりメイン工場を去った。「洗脳」というよりは、説得、同じ目線に立って理解しあおうという試みだったが、結局は挫折してしまった。

過去の実績が作るプライドが邪魔する

 Bの例はITを理解しない点で極端かもしれないが、程度の差こそあれ、他にも見られる。

 ITに縁が遠いトップ・経営陣が自ら、あるいは他から説得されてITを理解しようと心が動いたとき、ITを理解するとはどういうことかを知ってもらわなければならない。

 ITを理解するには、まず、ITを教わろうとする謙虚な姿勢が大前提となる。それがないと前に進まない。Bは自尊心が強く、謙虚になりきれなかったので、次のステップに進むのに難渋した。おそらくは、この強烈な自尊心がITに対する偏見を醸成していったのではないだろうか。設計部門のエキスパートであるという自負が間違った形で表に出てしまったというわけだ。

 次に、ITそのものを理解する必要がある。それは、ITの技術的知識を身に着けろということを意味しない。ITで何ができるか、そのために代表的ソフトウェア(パッケージソフト)として何があるか、そしてそれらの定義、目的を知る必要がある。詳細は必要ない。核心を把握すればよい。

 そのために、関連書物を読むのもいいが、CIOや情報システム部門を交えて、トップや経営陣が研修会を開いたり、議論をしたりすると、必要な知識が身につく。Bの場合は、システム部門に対する偏見が邪魔をした。部下がいくら理解してもらおうと努力しても、謙虚に学ぼうという姿勢がない状態では、議論にもならない。

 さて、そういう基礎知識を身につけた上で、経営方針を明確に示さなければならない。例えば、ビジネスモデルの検討、ビジネスプロセスの再設計、顧客の創造など、経営革新の方針を明確に、かつ具体的に示さなければならない。実は、その実現の手段としてITがあり、ITに頼らずに経営革新ができればそれに越したことはないことも、明確に認識すべきである。なお、Bは、本社のせいにして自分の方針は皆無だったし、IT以前の経営革新にも取り組もうとしなかった。大局的な判断を要する戦略は本社から下りてくる、それをどう実現するかが大切なのだ、Bはそう思っていたに違いない。そういう意味で、Bは経営者ではなかったといえる。

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