AIが「身体」を持つ日 経営層に問われる新たな覚悟

画面の中だけで満足してない? AIが「現実世界(フィジカル)」を動かし始めた衝撃

 あなたの会社のAIは、まだ「画面の中」にいませんか。議事録を要約し、メールの下書きをつくり、資料のたたき台を出す。便利です。ただ、それはすべて、パソコンの画面の内側で起きていることです。

 その間に、世界の工場や倉庫では、AIがもう「身体」を持って動き始めています。

 私は物流の現場で20年ほどIT実装に取り組んできました。その経験を土台に、先日、世界経済フォーラム(WEF)へ「フィジカルAIと責任の仕組み」をテーマにした記事を寄稿しました。本連載は、そのスピンオフです。少しだけ、オフィスの外で起こっているAI活用の物語にお付き合いください。

まず、これを見てください

 2026年1月、ラスベガスのCES2026で、ある映像が公開されました。ボストン・ダイナミクスとヒュンダイによる、新型ヒューマノイドロボット「アトラス(Atlas)」のデモです。

 歩く。姿勢を保つ。荷物を積み下ろす。車を組み立てる。技術の進化に隔世の感を覚えながらも、ここまではまだ想像通りでした。驚いたのはその先です。アトラスは自分のバッテリー残量を検知すると、自らバッテリーを交換して作業に戻ることができるというのです。人が世話をしなくても、24時間休まず働き続けることを前提に設計されているのです。

 本格的な量産は2028年とされています。この時、量産が始まり急速に普及することが予想されます。しかし、これはまだ「これから(2年後)」の話。まだ時間はあると感じる方もいるのではないでしょうか。では、「もう来ている」話もしましょう。

 自動車メーカーのBMWは、米国サウスカロライナ州のスパルタンバーグ工場で、ヒューマノイドロボットをすでに実際の生産ラインに入れました。フィギュア(Figure)社製のロボットが、板金部品をつかんで溶接工程へ正確に置く。月曜から金曜まで、1日10時間のシフト。約11カ月で9万点を超える部品を扱い、3万台以上のBMW車の生産に貢献しました。この成功を契機に、2026年からヨーロッパの工場でもヒューマノイドを導入する計画です。

 面白いのは、現場の反応です。ヒューマノイドロボットの配置は従業員の間で大きな関心を持って迎えられ、しばらく経つと、急速に日常業務の当然の一部(自然の光景)となっていったと言います。研究所のような管理された環境下ではなく、毎日のシフトに、ロボットが入って業務ができることが証明されたのです。

 製造業の次にヒューマノイドの導入が早く訪れるとされる物流の世界でも、勢いは増すばかりです。アマゾンは2025年、倉庫で働くロボットが累計100万台に到達したと発表しました。同社の従業員は約156万人。つまり、ロボットの数が人間の数に並ぼうとしているのです。そして、この節目となる100万台目のロボットが納品された先は、どこだったと思いますか。日本の物流拠点です。象徴的な一台は、もう私たちの足元に届いています。

 アトラスが指し示す近い未来。BMWとアマゾンで動いている現在。並べれば、結論は一1つです。「来るかもしれない」ではなく、「もう来ている」。

なぜ、これが衝撃なのか

 ここで少し立ち止まって考えます。AIが現実世界で動くと、何が変わるのか。

 答えは失敗の重さです。今現在、多くの人が試行錯誤をしているパソコンの中での生成AI活用は、操作や処理を間違えてもCtrl+Zで戻せます。何事もなかったように、1つ前へ引き返せる。画面の中とは、そういう世界です。

 しかし、現実世界には、Ctrl+Zがありません。

図1:デジタルの失敗は取り消せる。現実の失敗は、取り消せない

 ロボットが部品の受け渡しでつまずけば、その瞬間にラインが止まります。人にぶつかれば、誰かがけがをします。落ちた部品も、起きた事故も、キー1つでは巻き戻せません。

 これは、想像上の話ではありません。2023年11月、韓国の農産物流通センターで、実際に起きたことです。ベルトコンベアに流れてくるパプリカの箱をつかんでパレットに積むパレタイジング・ロボットが、40代の作業員を、突然つかみ上げ、ベルトコンベアに押しつけました。男性は病院へ運ばれましたが、亡くなりました。警察が発表した原因は、ロボットが、人を、箱と見間違えたというものでした。

 「ロボットが人を箱と見間違えた」と聞くと、映画のようにロボットが自らの意志で襲ってきたかのような不気味さを感じますが、技術的なメカニズムは非常にシンプルで、それゆえに悲劇的なものでした。身体を持った瞬間、AIの判断ミスが人の命を奪いました。現場を長く見てきて思うのは、言い訳が通じない場所だ、ということです。起きたことが、すべてなのです。

 私がWEFの記事で書いたのも、この一点でした。画面の中のAIは「やり直せる」。現実で動くAIは「やり直せない」。この違いが、すべての出発点です。

 だから、検討する内容とその重要度も画面内と画面外で変わります。これまでは「AIの精度は高いか」「平均的に正確か」を気にしていればよかった。現実で動くAIに問うべきは、「失敗したその瞬間、誰が責任を持ち、誰が止められるのか」です。

 従って、AIが現実に出ていくと人間の出番が減るのではなく、むしろ逆で、人間が引き受ける責任は、ここから重くなっていきます。その話は、連載を通じて少しずつ深めます。

それでも、止まらない

 「そんなに怖いなら、急がなければいい」。そう思われたかもしれません。ところが導入は、止まるどころか加速しています。理由は技術への憧れではありません。もっと切実です。人手が、足りないのです。

 働き手が減っていく現場では、ロボットは生産性を上げるための選択肢ではなく、事業を続けるための手段になります。選んで使うのではなく、使わなければ回らない。そういう段階に入りつつあるのです。

 そして、この現実に世界でいちばん早く直面しているのが、ほかでもない日本です。日本は2005年、高齢化率が21%を超え、歴史上、世界で初めて超高齢社会と認定された国です。2026年のいま、高齢者の比率は29.4%と、世界で最も高い水準にあります。人手不足は一時の波ではなく、構造として進んでいく現実です。だから現場のAI化は、「やってもいい」から「やらざるを得ない」へ変わっていきます。

 待ったなし。2026年6月、政府は新しい成長戦略の中で、自律的に動くロボットなどのフィジカルAIに10兆5000億円を投じる方針を示しました。狙いは明確で、深刻な人手不足に対して、工場の自動化やインフラ点検で生産性を上げることだとされています。

 つまり、これは遠い投資テーマの話でも、欧米での技術革新の話として対岸から眺めていれば良い話ではありません。あなたの現場の話です。

アクセルの話はあっても、ブレーキの話がない

 ここまでを整理しましょう。AIは現実世界を動かし始めた。その失敗は取り消せない。そして人手不足という事情から、導入は止まらない。

 ここで、不思議なことに気づきます。

 政府もメディアも、「前へ進む力」のことばかり語ります。10兆5000億円という大きな数字も躍ります。しかし、そのロボットが現場でモノを落とし、人を傷つけ、ラインを止めてしまったとき、いったい誰が責任を持つのか。その話を、ほとんど誰もしていません。

 アクセルの話はあふれているのに、ブレーキの話が、すっぽり抜け落ちているのです。

 考えてみれば、AIが出した結果は、最後は必ず現実に返ってきます。便利な画面の中で完結してはくれません。返ってきた結果を、誰が引き受けるのか。

 実は、この問いをめぐる議論は、すでに世界の第一線で始まっています。しかも、その中心にいる一人は、「AIのゴッドファーザー」と呼ばれる人物です。彼は、私たちが思いもよらない角度から、ある警告を発しています。

 次回は、その議論をのぞいてみましょう。

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AIが「身体」を持つ日 経営層に問われる新たな覚悟

現実世界で稼働し始めた「フィジカルAI」は、画面内のAIと異なり失敗の取り消しがきかない。人手不足で導入が加速する中、不可欠なのは「誰が責任を持つか」という事前設計である。現実、構造、人の3つの観点から、AIと現実を往復するのに必要なマネジメントの全体像を提示する。

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この記事の著者

大野 有生
大野 有生

Nexgen Japan株式会社CEO・物流AIアーキテクト(専門分野:生成AI技術研究・開発、サプライチェーン戦略、地政学・マクロ経済) 大手IT企業・外資系金融企業にてAI・DX・サプライチェーン改革を主導する。生成AIとサプライチェーン戦略を組み合わせた企業向けアドバイザリーを行うと共に、地政学リスク下の供給網レジリエンス設計の研究・講義に従事。

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