チェスや囲碁にもドーピング検査があるって知っていますか?小松裕の「スポーツドクター奮闘記」

広州で開かれたアジア競技大会に医事委員として参加してきました。日本では当たり前のように浸透しているドーピング検査ですが、国によってその対応や体制はまちまちなのです。

» 2010年12月24日 08時00分 公開
[小松裕(国立スポーツ科学センター),ITmedia]

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 中国の広州で行われていた「第16回 アジア競技大会」が11月27日に幕を閉じました。アジア大会は4年に1度開催される総合競技会で、いわばオリンピックのアジア版です。アジア45カ国から1万4000人を超える選手や役員が参加し、日本からもトップレベルの選手ら726人が広州に集いました。オリンピック種目に加えて、ボウリングやスカッシュ、空手、セパタクロー、カバディ、それにチェスや囲碁なども行われました。

 今回のアジア大会で日本選手団は48個の金メダルを獲得しました。金メダルの数は中国が199個、韓国が76個でしたから、両国にかなり水を開けられる厳しい結果となりました。ロンドンオリンピックに向けた課題も浮き彫りになりました。

不測の事態を防がねばならない

 わたしも大会期間中は広州にいましたが、今回はいつものようにチームドクターとしての帯同ではなく、大会を主催するアジアオリンピック評議会(OCA)の医事委員として参加しました。ご存じのように、オリンピックを開催するのが国際オリンピック委員会(IOC)で、そのアジア版としてクウェートに本部を構えるのがOCAです。

 OCAの医事委員会の役割は、広州アジア大会組織委員会がきちんとした医務活動やドーピング検査を行っているかを監督、助言することです。毎朝ホテルで会議が開かれて、前日の医務状況やドーピング検査の状況を担当責任者から報告を受け、問題点がないか議論します。

 スポーツの活動中には不測の事態が起こります。バンクーバーオリンピックでリュージュの選手が練習中に亡くなったことは記憶に新しいですが、極限状態で行われるトップレベルのスポーツを危険なものにしてはなりません。スポーツ中に起こり得る出来事に対応する救急医療体制がきちんと機能しているのか、大会運営やスケジュールに医学的な問題点がないのかなどを毎日しっかりチェックする必要があります。

アシスタントのティティと日本からドーピング検査の手伝いに来ていた阿部さん アシスタントのティティと日本からドーピング検査の手伝いに来ていた阿部さん

なぜドーピング検査をするのか

 ドーピング検査に関しては毎日競技会場を回り、きちんと検査が行われているかどうかだけでなく、選手のプライバシーは守られているのか、選手の競技日程に影響が及ぶような検査スケジュールになっていないかなどをチェックします。

 加えて、アジアにアンチ・ドーピングを根付かせるためにさまざまな努力をします。アジア大会に参加する国の中には、スポーツにおけるアンチ・ドーピング体制か整っていない国もあります。そうした国の選手に対して、ドーピング検査を受けてもらうだけではなく、どんな行為や薬物がドーピング違反となるのか、なぜスポーツ界がアンチ・ドーピングに取り組むのかなどを教育する格好の機会になるわけです。

 ドーピング検査というのは、悪を取り締まる警察官のようなものになってしまいがちですが、それだけでは選手たちの理解は得られません。なぜスポーツ界がアンチ・ドーピングに真剣に取り組まなければいけないのでしょうか。それは、スポーツの価値を守るためであり、そのことを選手たちにしっかり伝え、理解してもらうための努力が必要です。

 一方で、日本人のように「ドーピングなどするわけない」という選手ばかりではないため、時として「性悪説」で対処しなければならない場合もあります。スポーツ選手に悪い人はいないはずだと思ってはいけないのです。

チェスや囲碁にも……

 ちなみに、チェスや囲碁などの競技に対しても、きちんとドーピング検査が行われます。「チェスや囲碁がスポーツか?」という議論もありますが、「世界共通のルールを持つ頭脳を使うスポーツ」として国際チェス連盟はオリンピック競技採用を目指し、準加盟団体としてIOCの承認も得ています。

 また、囲碁も今回の広州アジア大会に正式種目として採用されたことを機にJOC承認団体として全日本囲碁連合が設立され、スポーツとして国際的に普及することを目指しています。ですからスポーツとして行う以上アンチ・ドーピング活動にも積極的に取り組み、ほかのスポーツと同じルールでやろうということです。

 これらの競技は筋肉増強しても効果がないだろうけど、興奮剤など、頭がすっきりする薬は競技力を向上させてしいますからね。だから、チェスや囲碁の選手たちもスポーツマンシップの精神にのっとっているため、「なぜドーピング検査しなければいけないのだ」などと不満を口にすることはありません。

 なお、この原稿を書きながら、どうも頭がすっきりせずにうまくまとめられない私も、スポーツにかかわる一員として、ドーピングしたい気持ちをぐっとこらえているのでした。


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著者プロフィール

小松裕(こまつ ゆたか)

国立スポーツ科学センター医学研究部 副主任研究員、医学博士

1961年長野県生まれ。1986年に信州大学医学部卒業後、日本赤十字社医療センター内科研修医、東京大学第二内科医員、東京大学消化器内科 文部科学教官助手などを経て、2005年から現職。専門分野はスポーツ医学、アンチ・ドーピング、スポーツ行政。



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