革新を支える「現場力」――コマツ 野路社長ビジネスイノベーターの群像(1/2 ページ)

世界有数の建設機械メーカーであるコマツは、ICT(情報通信技術)を活用して顧客に付加価値の高い商品やサービスを提供し、好調を維持している。それを支えているのは全社員が仕事を改善し続ける「現場力」だった。

» 2012年05月07日 11時15分 公開
[聞き手:浅井英二、文:三田真美,ITmedia]

 東京・溜池山王。高度成長期生まれのビル群が次々とガラス張りの超高層ビルに建て替えられている中で「昭和」を感じさせる一角がある。そこは、売上高の8割以上を海外が占めるコマツの本社。商品やサービスだけでなく、開発や製造現場においても地道に革新を続ける同社らしい構えの建物だ。2007年からその陣頭指揮を執る野路國夫社長は、開口一番、こう言い放った。

コマツの野路社長

 「経営に秘訣はありません。会社の強さは、トップのメッセージをミドル層がきちんと受け入れ、さらに現場を含めた全社員が一丸となって改善を続ける現場力があるかどうか。トップの力だけで会社は成長しません。イノベーションとひと口に言うのは簡単ですが、メディアで取り上げられる目立つ部分だけではなく、全社員がそれぞれの現場で一丸とならないと、会社は伸びません。特にわれわれのように売上高が2兆円規模で、伝統的な組織となるとなおさらです。」(野路氏)

 その思いは、2010年4月に発表した3カ年の中期経営計画にも表れている。重点活動項目として、「ICT化の推進」、「環境対応の商品開発」、「戦略市場での販売・サービス体制の拡充」とともに、「現場力の強化による継続的な改善の推進」が挙げられているのだ。

ICTを活用した高付加価値商品で競争優位に

 「建設機械(建機)の世界ではここ10年で、イノベーションの軸がガラリと変わりました。従来、視界性や操作性、馬力などの商品機能が売れ行きを左右し、我々も地道にそれを追求してきました。もちろん、こういった技術改良は現在でも大切ですが、お客さまの生産性向上に貢献するための新しい付加価値が求められる時代になりました。」(野路氏)

 トータルサービスや高い付加価値が求められる競争の幕開け――。建機業界も技術改良によって、例えばディーゼルエンジンなども軽量・小型化が進み、20年で重量は半分になった。しかし、世界の市場でしのぎを削るには、従来の地道な技術改良に加え、ICTなどプラスαの技術を活用した新たな価値の提供が競争力確保のため不可欠となった。

 コマツはその流れに先鞭をつけるべく、2001年より環境・安全・ICTをキーワードに、顧客の生産性向上のためのトータルビジネスを展開。建機にGPS(全地球測位システム)を標準装備して遠隔で機械の稼働管理を行うシステム「KOMTRAX(コムトラックス)」を導入し、車両1台1台の配置や稼働時間、燃料消費量、部品の摩耗状況等の情報を顧客に提供することで、稼働率の向上と、メンテナンスコストが削減できるこのサービスは、製品の付加価値と顧客満足度を高めた。

 「KOMTRAXはICTを活用したサービス革新の一例だが、それらと並行して取り組んできたのが、前社長(現取締役会長 坂根正弘氏)が「ダントツ商品」と命名した、他社が3〜5年は追いつけないだろう戦略商品の開発と生産管理システムの共通化をはじめとするグローバルな生産体制作り。いずれもトップダウンのプロジェクトだが、実現に導いたのは現場の総合力です」(野路氏)

3〜5年追いつかれない技術を駆使した「ダントツ商品」

 近年、建機業界では、ハイブリッド化や電動化の流れが起こっており、コマツはその先陣を切っている。2008年6月に世界で初めてハイブリッド油圧ショベルを市場導入したのだ。

 「コマツの強みは建機のキーコンポーネント(主要部品)をすべて自社生産しているところです。「ダントツ商品」であるハイブリッド油圧ショベルのコンポーネントも同様です。外から買ってきたものを組み合わせた製品では、すぐにライバルに追いつかれてしまう」(野路氏)

 ハイブリッドの開発にはコマツならではのしたたかな戦略が働く。予想を超えるスピードで新興国のライバル企業が急成長する時代、苦労して専用メーカーとモーターを開発したところで、専用メーカーが新興国のライバルに売ってしまえばすぐに追いつかれる。実際に、中国で急成長してきた建機メーカーは油圧ショベルの主要部品を日本の油圧機器メーカーから買って、組み立てているという。こうしたことから、コマツはハイブリッドシステムも素材は一部外部調達するが、それをキーコンポーネント化するところは内製している。

 「よい例が、ハイブリッド油圧ショベルの旋回モーターの内製化です。コンパクト化するのに一番苦労しました。コンパクトなモーターというのは、狭いところに導線を巻いたり、絶縁したりする技術が実に難しいが、こういった技術は我々の得意とするメカニカルの世界。他社が真似できない技術でコンポーネントを内製化することで、他社と差別化する。社内でやるべきことは何かを考え尽くし、現場力を結集して、ライバルに5年、10年追いつかれないようにする。これがイノベーションです」(野路氏)

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