事業イノベーションを起こすための4つのトリガーイノベーションの努力は、なぜ報われないのか?(1/3 ページ)

事業イノベーションを目指す上では、重要な着眼点がある。すぐれた理念を持つ、顧客セグメントを捉えなおす、どのような価値を提供するか、そしてビジネスモデルを適切にデザインすることである。

» 2013年05月27日 08時00分 公開
[河野龍太(インサイトリンク),ITmedia]

 事業イノベーションを起こすには、いくつかの重要な着眼点がある。今回は、特に重要な戦略アプローチである「事業イノベーションの4つのトリガー」について解説する。

トリガー1.ビジョンとミッション:すぐれた理念がイノベーションを生む

 優れたビジョンやミッションは、イノベーションの原動力となる。イノベーションを実現する企業に共通するのは、何かを成し遂げようとする強い情熱である。その情熱の源となるのが、ビジョンやミッション、理念である。自分たちは何を目指しているのか。自社の事業の真の目的は何か。自分たちの利益を超えてどんな社会的意義があるのか。ビジョンやミッション、理念は、こういった問いに答えを与え、進むべき方向性を照らし出し、高い目標を達成しようとする人々を励まし導いてくれる。

 理念をベースにした事業イノベーションのケースとして、ベネッセが挙げられる。中学校に生徒手帳を販売する岡山の中小企業だったベネッセ(当時福武書店)は、1980年以来10年に一度「社会における自社の使命や存在意義は何か」を定義し直し企業理念を重要な指針とした事業運営を行う活動を繰り返してきた。世界最大の語学会社ベルリッツをも買収し傘下におさめ、教育、介護、語学、出版事業を手がける大企業へと飛躍的に成長した。

 優れたビジョン、ミッションは、リーダーシップの効果を高め、イノベーションの速度を格段に速くする。イノベーションの実現には社員、顧客、取引先を巻き込んで目標や情熱を共有しコミットメントを引き出さなければならない。事業イノベーターにとってイノベーションとリーダーシップは表裏一体、不可分の関係にある。卓越したビジョン、ミッション、理念をもつとイノベーションを目指すリーダーのコミュニケーションはクリアになり、メッセージは力強くなる。

 1980年代半ばにスティーブ・ジョブズが「すべての人々にパーソナルコンピューターを」というビジョンを打ち出したときに、アップルのイノベーションは加速した。グーグルは、「世界中の情報を整理し、世界の人々がアクセスできて使えるようにする」ことを自分たちのミッションに掲げることで、さまざまなサービスを開発しイノベーションを起こし続けている。

 P&Gの元CMOであるジム・ステンゲル氏は、すぐれた理念を掲げる企業は高い成長を実現していることを独自の研究により明らかにしている。ステンゲル氏は、卓越した理念をもつ企業50社を「ステンゲル50」として選出し、過去10年間(2000年から2011年)の株式のパフォーマンスをリーマンショックで株式市場が大きく下落した期間を含めてアメリカ株式市場全体と比較したところ、投資収益率の伸び率が4倍も違うという事実を見出した。ステンゲル氏は「偉大なビジネスには、偉大な理念がある」として、21世紀にビジネスが成功を収める上でカギを握る要素は、理念であると結論づけている。

 そもそも企業にとってすぐれた理念とは何だろうか。近年リーマンショックをはじめとしてさまざまな分野で資本主義社会のひずみが目立つようになっている中で、多摩大学大学院教授の紺野登氏は、ビジネスにおける「目的」の大切さを指摘する。共通善に根ざした普遍的な価値をビジネスの目的に込めることの重要性を説き、「目的工学」というコンセプトのもと、企業の実践を後押しする普及啓蒙に取り組んでいる。

 企業の目標や利益と社会にとっての利益とを重ね合わせるべきという主張は、世界的な流れでもある。ホールフーズのジョン・マッキー氏など先端的な経営を行っているビジネスリーダーや影響力の強い経営学者らが21世紀の経営における最も重視すべき課題の一つとして提唱し、世界の経営者やビジネスパーソンに真剣な取り組みを促している。

 高い志をともなったビジネスの目的は、イノベーションをドライブする。イノベーション研究の大家であるハーバード・ビジネススクール教授のクレイトン・クリステンセン氏は、利益ばかりを追うことがイノベーションの機会を失わせるとして、利益のためのイノベーションではなく、「目的のためのイノベーション」を訴えている。クリステンセン教授が説くように、自社の利益のみならず社会的な価値の向上も事業の目的に含めその実現のために真剣にコミットすることは、事業イノベーションを起こす大きな力となるのである。

 株式会社ウィンローダーは、トラックによる運送事業を主とする中堅の物流会社である。日本には6万社を超える物流会社があり、市場全体の貨物量は増えない中で、厳しい競争にも囲まれていた。トラックの運送業は地道できつい仕事であり、同社は新入社員を採用するのにも人が集まらず苦労していた。こうした厳しい環境の中で、ウィンローダーは、理念の違いを明確にすることによって競合とはまったく異なるポジションを確立する戦略をとった。

 自分たちの物流ビジネスの目的と社会的問題の解決とを結びつける志の高い理念を創造し、世の中に発信したのである。すなわち、廃棄物を極力少なくする「循環型物流」を目指して、商品を消費者に届けたり資材をメーカーに配送するこれまでの物流とは別に、消費された後の商品や廃棄物のリユースやリサイクルを促進する新たな事業活動として「エコ物流」(事業ブランド名は「エコランド」)を提唱した。あわせて、使わなくなった家電品などを有料で回収して再利用やリサイクルにつなげる「エコランド」という環境配慮型の新たな物流ビジネスを立ち上げた。

 「循環型物流を目指す」というコーポレートビジョンと、「エコランド」という環境配慮型の新しい物流事業は、地味で目立たなかったウィンローダーに大きな変化をもたらした。回収した廃品のネットでのオークションや自社が運営するリサイクルショップでの販売などを行う「エコランド」事業は、地球環境に配慮したライフスタイルを志向する生活者の関心を捉えてマスコミやネット上でも話題となり、急速に浸透していった。その結果、「エコランド」は同社の新たな成長ビジネスとなった。

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