AI(人工知能)黎明期から研究を重ね、人を中心に考えたICTとしてHuman Centric AI 「Zinrai(ジンライ)」を展開する富士通がこの夏、「FUJITSU AI Community」を立ち上げた。コンセプトは、「コミュニティーを通じたノウハウの習得と情報の共有」だ。今回は、その第1クールのレポートをお届けする。
デジタルトランスフォーメーション(DX)を推進するドライバーツールとしてAIへの期待感は大きいが、先行する企業は少ない。まだまだ、多くの企業は様子見や最初の一歩が踏み出せない状況、あるいは課題に直面して悩んでいることだろう。そうした現状を突破すべく、FUJITSU AI Communityは開催された。
全3回をワンクールとしたAI Communityは、AI導入の先行企業から講師を招いた基調講演と参加者によるグループディスカッションという2部構成。基調講演では実践事例を踏まえた取り組みや導入ポイントなど、AI活用のノウハウが披露され、続くディスカッションではグループに分かれた参加者同士が熱い議論を交わした。
まず、基調講演から振り返りたい。各回、基本テーマが設定されており、第1クールでは「メディアデータ(第1回)」「自然言語(第2回)」「数値データ(第3回)」を軸にAI先駆企業のキーマンが語った。
第1回(テーマ:メディアデータ)には、トライアルホールディングス 取締役副会長 グループCIOで、Retail AI取締役会長の西川晋二氏が登壇。「“画像認識”による顧客行動分析! デジタル変革を試行錯誤するトライアルカンパニー」と題し、米国Walmartを参考とした食品スーパーセンターを日本全国で展開する同社が取り組む「流通・マーケティング変革」と、それを具現化しているスマートストアを紹介した。
講演内容の中心は、流通改革を実現するための3つのステップ。西川氏は「データ活用」「リテールメディア」「リテールAI」の3つを掲示した。データ活用はトライアルが商品メーカーと協同で推進するカテゴリーマネジメントだ。自社開発したMD-Linkと呼ぶWebベースのデータ基盤を介してデータをメーカーと共有し、その情報をベースに顧客の求める品ぞろえの実現や売上、収益の改善に取り組む。
また、リテールメディアは、主に店頭における来店客とのコミュニケーションや商品プロモーションを目的とした取り組み。デジタルとの融合により実現したサイネージや店内放送などの活用事例が紹介される中、注目を集めたのは大画面ディスプレイを搭載したスマートレジカートである。
「食品購入の約8割は店頭で選択(非計画購買)されている。この無意識の非計画購買をIoTやビッグデータ、AIにより解明してマーケティングに活用することにより、顧客の嗜好や属性、買い物中の購買行動などの分析に基づいた最適な情報を、ディスプレイを通じてタイムリーに提案できる」(西川氏)
さらに、リテールAIの最新事例としてAI機能を内蔵したカメラを紹介した。このリテールAIカメラを店内に設置し、商品棚の欠品を検知したりプライバシーに配慮した上で顧客行動分析に活用したりするという。棚割や自動発注など幅広くAI化を進めていくとのことで、「顧客と商品をAIでつなぎ、顧客ごとにカスタマイズされた最高の買い物体験の提供」を実現するとした。
講演の締めくくりに、西川氏は「日本の流通小売業・マーケティングの在り方を変えることが当社のビジョン」といい、「その実現にAIは避けて通れない」と強調した。リアル店舗として、流通改革によりネット通販の雄であるAmazonに逆襲をかけると息巻くトライアルには、AI活用の動向と共に今後も注目したいと思わせる企業の勢いを感じた。
第2回(テーマ:自然言語)の基調講演に登壇したのは、京王電鉄のデジタル戦略推進部長で感性AIのCEOも務める虻川勝彦氏。「京王電鉄がAIベンチャー? “感性AI株式会社”を立ち上げたその理由と効果」について語った。
講演では、日本のIT環境を取り巻く現状や課題の総括から、AIが抱える課題、京王電鉄のICT戦略、AI活用のコツまで幅広いトピックに言及。その中で、講演テーマである自然言語に関わる話として印象に残ったのは、「AmazonのAlexaのスキル開発」と「感性AIのオノマトペ(擬音語・擬態語)を使ったサービス」だ。
Amazon Alexaが日本でスタートした際、京王グループは2つのスキルを構築してサービス開始とともに参画。スマートスピーカーAmazon Echo向けスキルとして高速バス(空港線)の座席を音声予約できるスキルや、鉄道の運行情報などを確認できるスキルを提供した。その経験から、音声UI(VUI)はとても便利である一方で、VUI開発の難しさも指摘した。
その理由として、音声は一度に取り扱える情報量が少ないことや、開発側による制御が困難な点を挙げた。実際、「ご乗車できる停留所を複数お知らせしても覚えられないことや、人により独特の停留所の呼び方があるなどイレギュラー事項も多く苦労した」と語った。
2018年5月に、京王電鉄と国立大学法人電気通信大学の坂本真樹教授との共同出資で設立された会社、感性AIでは、「可視化しにくい人間の感性をAIにより定量化」することに取り組む。言葉をさまざまな感性軸から分析して数値化するシステムを開発し、製品開発から販売までをトータルでサポートする事業を展開する。
例えば、アンケート調査をオノマトペの活用により簡素化したり、ブランド名や商品名などの音のイメージを評価(ネーミング印象評価)したりといったことが可能。ネーミング印象評価では、「もっと明るいイメージにしたい」などの要望に応じてAIシステムに提案させることもできる。音の響きは売り上げを左右するといわれ、サウンドマーケティングは注目分野だ。それだけに参加者の興味も高かった。
この他にも感性を活用したさまざまな事例を紹介、さらに発話や生体情報などから「場の空気」をAIが分析し、快適な空間を構築する新サービス実現にも取り組む。虻川氏は、「感性は幅広いビジネスで活用できるので、その将来性が大いに期待できる」と語った。
「カシオの生産戦略とIoT、AI活用事例」と題した講演を行ったのは、第3回(テーマ:数値データ)に登壇したカシオ計算機 執行役員生産本部長の矢澤篤志氏と、同社の羽村技術センター 生産本部 生産技術部 技術戦略室の郡司謙汰氏だ。
まず、矢澤氏は同社の生産戦略の変遷に関する説明を通じて、山形カシオをマザー工場とした技術開発や生産ラインのデジタル化、プロセス標準化の推進に言及。その延長線上で、IoTやAIを使いながら仕組みをブラッシュアップして生産の自動化などに取り組んでいると話した。
その中で、参加者の興味を引いたのは「AI活用に伴うコスト」の話題だ。矢澤氏は、自動化の例として予兆保全を挙げる。生産のハイサイクル化を背景に設備寿命は短命化し故障が多発しているため、設備監視による計画保全が必要とのこと。同社では、ここに機械学習を使っており、設備状態を監視してデータ化する部分の仕組みについて社内開発したという、
具体的には、制御系ハードウェアに安価なシングルボードコンピュータのラズベリーパイ、集音には骨伝導マイクを選択し、ソフトウェアには無償のオープンソースを利用するなどしてコストを抑制。外注開発と比べて、数十分の1程度で開発できたという。
「AIや機械学習の導入では、データ収集に最も費用がかかる。さまざまなオープンソースが提供されており、これらを活用できれば費用対効果を気にするほどの投資にはならないだろう。工夫して自分たちで実験をしながら、実用化していく方法がいいのではないか」と矢澤氏。参加者たちは大きくうなずいていた。
一方、郡司氏は「AIによる熟練作業の自動化」をトピックに、自ら実務面に関わった経験を語った。取り組んだのは、官能検査のデジタル化だ。
カシオが手掛ける電子ピアノの生産では鍵盤の物理的な音をチェックする異音検査が行われる。従来、この工程はベテラン社員の耳に頼っていたため検査精度は個人の能力や体調に左右された。そこで、独自開発の自動打鍵機とAIにより検査工程を自動化し、AIが製品の異常音だけを高精度に検知する仕組みを開発することで、検査制度の品質維持を実現した。
「人手による異音検査でNGとなった排出品を自動打鍵器でたたいて録音する方法で集めたデータを加工し、AIで反復学習。最終的にAIの判断と検査員の判定と比べた結果、99.58%の正答率が得られた」と郡司氏。「正答率を上げても検査員の精度が悪ければ、精度の悪いAIができてしまうため、検査員のスキルや個々のバラツキにも気を配る必要があった」と開発の苦労にも触れた。
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提供:富士通株式会社
アイティメディア営業企画/制作:ITmedia エグゼクティブ編集部/掲載内容有効期限:2019年9月30日