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サルコジのしたたかさは暗黙知フランスに行ってみますか?(2/2 ページ)

EU議長国であるフランスの指導者として金融危機にいち早く対処したサルコジ大統領。欧州経済の連合政府を提案するなど積極的な取り組みが目立つ。ドイツをはじめとするEU諸国はサルコジの“腹の底”をよく理解しているが故に、距離を保ちつつ落としどころを探っている。

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ヨーロッパ経済を支えたドイツ

 サルコジ大統領の提案に対し、各国は消極的な姿勢を示した。中でもフランスとともにヨーロッパ統合のけん引役を自認するもう一つの“大国”ドイツのメルケル首相の反対姿勢は無視できまい。ドイツ政府はサルコジ提案を「パリによる欧州中央銀行の権力削減」ととらえ、「欧州経済政府」が欧州中央銀行にとって代わる事態を憂慮した。

 第二次世界大戦後の欧州統合という“実験”は、歴史的に幾度も対立を繰り返してきた仏独の和解によって成立したといっても過言ではない。2度の世界大戦を引き起こしたドイツにとってフランスとの協力関係は国際社会へ復帰するための手段であり、フランスにとって欧州統合は米国に対抗するための「武器」であった。両国の利益が一致して進められた欧州統合は、対立の多い政治分野ではなく協力を模索し易い経済分野が優先され、ついには共通通貨ユーロが誕生した。

 統一通貨ユーロがいみじくも信頼を得ていた理由の一つには、ドイツの経済力とドイツマルクの安定性がある。ドイツマルクの安定を支えたのは、ドイツ連邦銀行の強い独立性である。欧州中央銀行を設立するにあたって強いマルクを生み出したドイツ連銀のシステムがモデルとされたことはよく知られた事実である。経済分野においてフランスは欧州の主役ではなく、不安定なフランスフランはドイツマルクによって救われたのだ。

経済危機に便乗したしたたかな戦略

 欧州経済の危機の中で、ユーロの信頼性も揺らぎ始めた。こうした情勢の中でサルコジのいう「欧州経済政府」構想には欧州の経済危機を救うためという大義名分が与えられるであろう。しかし実はサルコジの腹の底には、ドイツ・フランクフルトの欧州中央銀行が各国より大きな独立性を持ち、大国の首脳であっても容易に介入できない中で、もともと欧州政治において大きな発言権を持つフランスが欧州経済政府を介して欧州経済の運営に対しても強いイニシアティブを発揮していくというしたたかな戦略が描かれていたのではないか。ドイツを始めとするEU諸国もこのことをよく分かっている。

 保守系大統領であろうと左翼系大統領であろうと、フランスの国際政治における発言力の確保、さらに国益の確保がフランス外交の基本原理だ。サルコジ大統領もまた然りである。かくして長らく“婚姻関係”にある仏独も、表面上は抱き合いながらも足では蹴り合うことになる。

 忘れてはいけない事実として、EU各国とも国益を最大限考慮し、それに沿った主張を遠慮なくぶつけながらも、落としどころを模索しながら互いの腹の底を探り合って、最終的には一致点を見出していくし、こうした形で欧州政治は進んできたのだ。米国人も含めた欧米人のこうした流儀を忘れて、対立しているという表層的な事実にだけ集中してしまうと、いつぞやのように「欧州情勢は複雑怪奇」と情けないことを言ってしまうことになるのである。


プロフィール

中嶋洋平(なかしま ようへい)

フランス国立社会科学高等研究院(EHESS) 政治研究系博士課程在学。

1980年大阪府生まれ。慶應義塾大学総合政策学部卒。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修士課程を首席修了。現在、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科博士課程を休学して渡仏し、フランス国立社会科学高等研究院政治研究系博士課程/歴史研究センターに所属。専門は欧州統合思想の歴史的展開(特に19世紀)。主な論文に「来るべき『欧州連邦』―その歴史性と現在―」(Keio SFC Journal Vol.7 No.1)など。


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