IT経営の変遷と本質――経営とITの親密なる関係はいかに築かれたか:潮目を読む(2/2 ページ)
ビジネスにおいて将来訪れる潮目を正しく読み取れるかどうかが、経営者の明暗を分けます。そのためには、これまでの世の潮流を深く知ることが不可欠と言えるでしょう。
経営者から見たERPの大きな潮流
この時代の経営者はパッケージに合わせて業務を変えることに強い抵抗感がありましたが、グローバル化した企業では必然的にグローバル標準への対応を迫られており、それに準拠したパッケージソフトウェアの検討や適用が広がりました。当時プライスウォーターハウスコンサルタント(PwC)のコンサルタントだったわたしは、1980年代に日本企業として初めて大手製薬会社へのMSAのパッケージ導入を手掛けました。この製薬会社は外資の製薬会社に買収され、グローバル化の嵐の真っ只中にあり、グローバル標準への対応を迫られていたのです。その流れの中で、親会社の後押しもあり、パッケージ導入が実現しました。
この導入を決めるにはさまざまな障害と紆余曲折がありました。しかし、この潮流に乗ったことにより、その後の大変革への船出が実現することになったのです。パッケージ導入がこの会社で成功したことは、多くの日本企業に影響を与える潮目となりました。
その後は、人事や会計などの間接部門システムからの発展とサプライチェーンシステムからの発展が統合され、製造から受注、出荷、財務、会計など企業内経営資源のほとんどを含む「ERP:Enterprise Resource Planning(統合業務パッケージ)」が登場しました。一元化されたデータベース、リアルタイム、受注、生産、出荷、売り上げまでの統合管理を特長としたSAP、Oracleといったパッケージが一世を風靡(ふうび)することになります。こうして、それまでシステム部門への丸投げだったITはCIO(最高情報責任者)や経営トップの意思決定事項となったわけです。
コンサルタントによるビジネスバリューの実現へ
さまざまな企業でIT化が進むと、現状のプロセスやシステムがブラックボックス化され、把握することが難しくなってきました。一方で競争優位の確保や、グローバル化への対応などの経営課題はもはや社内の人材や知識、経験では実現が難しくなってきました。そこで他社や他業界の経験を有し、最先端のビジネスモデルなどの知見を有したプロフェッショナルにERPの企画から導入までを依頼する企業が増えてきました。
このようなERPの導入を手掛けるコンサルタントには、大きく2種類あります。1つは現状の業務やシステムを分析してあるべき姿を定義して、フィットギャップを行い、ギャップを開発要件として定義する手法をとります。この場合、あるべき姿といっても現状に引きずられ、多くの開発要件が発生し、結果的には長期化、コスト増につながりました。
2つ目は業界知識を有したコンサルタントがあらかじめパッケージソフトウェアをプレコンフィギュアし、このモデルを是として、現状の仕組みとのギャップについては変革管理(Change Management)を行い、該当プロセスをやめる、あるいは変更して、最小限の追加開発にするという手法でした。顧客によっては、サービスレベルの低下などを理由に反発したり受け入れないという傾向もありましたが、長期的にみると業務の効率化やTCO(Total Cost of Ownership)が削減でき、経営にとってはメリットのあるものでした。このやり方を実現するには相当高度な専門知識とユーザーを説得するファシリテーション、リーダーシップスキルが求められるため、大抵は1つ目のやり方で導入している事例が多かったと言えます。
かくして、経営とITは親密な関係となり、その仲人としてビジネスバリューを提供するコンサルティングサービスが繁栄することとなりました。次回はそのコンサルティング業界の激動の変遷を追います。
著者プロフィール
椎木茂(しいのき しげる)
アイ・ビー・エム ビジネスコンサルティング サービス代表取締役社長/日本アイ・ビー・エム グローバル・ビジネス・サービス事業 執行役員
1950年鹿児島生まれ。1972年に東京理科大学理学部卒業。株式会社ドッドウェル、プライスウォーターハウスコンサルタント株式会社を経て、2004年にIBCSから日本IBMに出向、サービス事業、プロジェクト・オフィス担当。2005年1月にストラテジー&コンピテンシー、ビジネスバリュー推進担当。2006年4月、執行役員。2006年7月、IBCS代表取締役社長。2007年1月、執行役員 ビジネス・バリュー推進担当 兼 IBCS代表取締役社長。2009年4月 執行役員 セクター統括 兼 IBCS代表取締役社長。
ビジネスプロセス革新協議会(BPIA)の常務理事も務める。
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