「模倣されない仕組みをつくれ」――早稲田大学大学院・根来教授【後編】:【対談連載】石黒不二代の「ビジネス革新のヒントをつかめ」(2/2 ページ)
企業が競争優位を保つ要素の1つに、模倣が困難な経営資源を持っているかどうかがあります。ここでは、米国のサウスウエスト航空や、日本の人材派遣会社であるスタッフサービスを例に分析してみましょう。
技術には持続性がない
市場を見渡してみると、資源や活動の状態に明らかな優位性や模倣困難性がなくても、全体として持続的に優位性を保っている企業があることに気付きます。たとえ各事業を模倣できても後を追う企業には模倣のための時間が必要です。その間に、次々とやり方を洗練させ強くなっていく会社があります。
一般的にネットワーク外部性(利用者が多いほど利便性の高まる現象。電話やOSなど)が効く事業は先行者優位が築きやすく、故に模倣困難性も高くなるのですが、ネットワーク外部性がない場合でも持続的に手を打ち続けられる能力が問われます。手を打ち続けられる「パッション」があるというのが、本当の模倣困難性かもしれません。もしかすると、それは経営者の個性であり、企業文化かもしれません。
トヨタ自動車は世界一になってもコスト意識の非常に強い会社です。人で言えば貧乏暇なし路線。お金持ちになっても、もっとやらないといけないと思い続けられる人です。企業でも、お金持ちになったと思ったとたんに駄目になる企業は多い。主観的貧乏を持続できる会社は強いといえます。であれば、今回の不況は、コスト意識をリマインドさせるという意味で、赤字になったトヨタにとって長い目では追い風になるかもしれません。
技術というのは意外に持続性がないものです。特許には代替技術が出てきます。かつてXerox(ゼロックス)はコアの特許だけでなく300に及ぶ関連特許も押さえて普通紙電子コピー市場を独占していました。しかし、キヤノンは違う技術で電子コピーを実現しました。関連技術も含めて代替技術を開発した例です。この例で分かるように、サステナブルカンパニー(永続的企業)を支えるのは、技術そのものではなく企業文化かもしれないという主張は過去の例を見ても信憑性が高いと言えます。
見直される日本の伝統的な雇用形態
では、模倣困難性を資源や活動という要素でつくるのではなく、ビジネスシステムでつくることを是とすれば、緊張感が持続するような文化はいかにして形成されるのでしょうか。根来先生は、日本的経営である終身雇用がその答えかもしれないとおっしゃっています。高度経済成長が終わりあたかも否定されたようなこのシステムでは、辞めさせない=辞められないことが持続的な緊張感の源泉になり得ます。
外資系企業では5%ルールや10%ルールがあり、有能な人しか残れないという意識を常に社員が持っています。しかし、このルールがあるために、企業側は、下位から5%や10%に入らない優秀な社員も結果として流出するリスクを抱えることになるわけです。終身雇用であれば、辞められないという選択しかないわけですから、自分の価値を上げるためには、企業内で有能でありたいと努力し、そのための環境整備を自分でも働きかけていくことになります。
退出しにくい人間の方が積極的に発言するし頑張ります。こうしたシステムの方が、一部を退出させることで社員の有能さの水準を高めようとするよりも、結果としては、平均的な有能レベルが上がると思われます。ただし、一部の突出した人間を上手に輩出できるかどうかは、別の問題かもしれません。
著者プロフィール
石黒不二代(いしぐろ ふじよ)
ネットイヤーグループ株式会社代表取締役社長 兼 CEO
ブラザー工業、外資系企業を経て、スタンフォード大学にてMBA取得。シリコンバレーにてハイテク系コンサルティング会社を設立、日米間の技術移転などに従事。2000年よりネットイヤーグループ代表取締役として、大企業を中心に、事業の本質的な課題を解決するためWebを中核に据えたマーケティングを支援し独自のブランドを確立。日経情報ストラテジー連載コラム「石黒不二代のCIOは眠れない」など著書や寄稿多数。経済産業省 IT経営戦略会議委員に就任。
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