仕事の「できる人」から部下を「伸ばす人」へシフトする鍵:ビジネス著者が語る、リーダーの仕事術(2/2 ページ)
名選手は名監督にあらず。部下を観察し、実現するためのプロセスを一緒に考え共に学ぶリーダーが名監督になる。
名選手は名監督にあらず
ビジネスの現場ではどうでしょう。自然にさわやかな笑顔がこぼれる店長は、いくら言っても硬い表情のままのスタッフに手を焼きます。若手時代から顧客と丁々発止のやりとりをしてきた敏腕部長は、顧客に気を遣い過ぎてモノを言えない部下の育成に苦慮しています。起業家志向の創業社長は、既成の枠の中でしか発想できない幹部がじれったくて仕方ありません。
このようにさまざまな場面において、できる人はできない人との溝に直面します。その溝があまりにも深いので、自分の成長プロセスを当てはめても、うまくコーチングすることができません。
もう一度、話をわたしの名コーチであった校長先生に戻します。校長先生はわたしに、「早くできるようになる人」の常識では考えられないようなゴール設定をしました。校長先生の形式知を教えるのではなく、「できるようになるのが遅いわたし」と一緒に、新しい学習のプロセスを作ってくれたのです。
よく、名選手は名監督にあらずと言われます。これは自分の考え方ややり方で成果を出してきた自負が、新たな学習プロセスを相手と共創することの障害になりやすいからです。
「こうすればうまくいく」「こんな練習が大切」「こういう場合は、かくかくしかじかと考えるべし」といった、信念や自信、誇りなどが、課題の当事者である相手との境界線をつくってしまうのです。
ビジネスでもスポーツでも、できる人ならではの障害を乗り越えて、組織全体を伸ばす人になった人物こそが真のリーダーでしょう。
部下を「伸ばす人」になれ
昨年、サッカー・Jリーグで2連覇を達成した鹿島アントラーズを率いるオズワルド・オリベイラ監督は、コーチとして最も大切な能力は「観察力である」と語っています。選手1人1人の現状をスキル面、精神面などから多面的にとらえていくのです。
「観察した後にどうするの?」という疑問がわくかもしれません。もちろん相手の状況に応じた指導、コミュニケーションや関係のつくり方は重要です。当然そこにはテクニカルな要素も多く含まれます。
しかし最も重要なコーチングの根本は、常に観察を心掛ける人としてのあり方だと思います。そこにあるのは、出来上がった形式知に基づくコーチングではなく、今この場で起きていることから学ぶ姿勢です。そんなコーチの姿が、選手の自発性や気付きを引き出していきます。なぜそうなるかといえば、観察を通じてコーチ自身が学んでいるからです。
観察は、ときにできる人を混乱に陥れます。観察を心掛けることで、ますますできない人との埋めがたい溝を実感することになります。そして「なぜ君は〜」「どうしていつまでも〜」「一体いつになったら〜」と、相手を否定しながら操作する誘惑に駆られます。
ここが、できる人と伸ばす人の分かれ目です。伸ばす人は相手だけではなく、自分や自分と相手の関係も観察するのです。そして変えられないように思える状況を、自分の内面から変えていきます。
わたしがエグゼクティブコーチとしての体験から思うのは、単に仕事のできる人は部下の課題を語り、伸ばす人は自分の課題を語る、ということです。自分の課題と真摯に向き合うリーダーをみたとき、部下であるフォロワーの心にも変化が起きます。
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著者プロフィール
吉田典生(よしだ てんせい)
有限会社ドリームコーチ・ドットコム代表取締役
1963年、三重県伊勢市生まれ。関西大学社会学部卒。就職情報誌の編集などを経て、フリージャーナリストとして組織の人材戦略やキャリア開発などを主なテーマに幅広く取材、執筆活動を展開。その傍らでリーダーシップや行動心理学、コーチングなどの学習をつづけ、2000年に有限会社ドリームコーチ・ドットコムを設立。現在、コミュニケーションコンサルタント、エグゼクティブコーチとして、対話を通じた組織変革の支援やリーダーシップ開発に取り組む。ICF(国際コーチ連盟)マスター認定コーチ、米国インスケープ社認定DiSCインストラクター、WCJ(ワールドカフェ・コミュニティ・ジャパン)アドバイザー。最新刊『急がない技術』(中経出版)のほか、著書は『「できる人」で終わる人、「伸ばす人」に変わる人』(日本実業出版社)、『ビジョンマッピング』(PHP)、『上司を動かすフォロワーシップ』(ソフトバンククリエイティブ)など多数。
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