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職人やNPOが大企業と共通する事業の力とはビジネス著者が語る、リーダーの仕事術(2/2 ページ)

「身の丈」の経営という、新しい時代の働き方を選んだ人たちがいる。自由、自分らしさ、名誉、やり甲斐を自分の手でつかんだその働き方とは。

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なぜ選んだのか

 一般的な感覚から言えば、「なぜ?」という疑問を抱く向きも少なくないだろう。だが、彼らには彼らなりの理由や動機があり、新たな仕事、新たな生き方を選ぶ考え方があった。取材の過程では、なぜといった動機の部分から、どのように事業を成立させてきたかという「How」の部分、一見さまつな事象に見えがちな人との出会いなど、ディテールを深く聞かせてもらった。

 その詳細はぜひ拙著をご笑覧いただきたいが、ここではその取材を通して、ビジネス的に共通していたポイントをひとつ指摘しておきたい。事業が異なっていても、事業を進める上で共通していたことはさまざまある。例えば、恩師となるような先人の存在、ウェブの活用、景気を含む時代の影響。

 職人のように技術を要する事業では先人の存在は必須だろうが、そんな存在は他の業種でも見受けられた。また、ウェブは販路や情報発信では当たり前すぎる話だが、それだけでなく、仲間内での交流でも効率的に使っていたことは印象深かった。時代の影響というのは本人たちもあまり意識していなかった部分だったが、就職氷河期だったりITバブルだったり、何らかのブームだったりといった時代の変化は誰のどんな事業にも影響を及ぼしていた。

 だが、取材を重ねる中で、それらを超えてなにより重要に思えたのはブランド力だった。矮小化して言えば知名度となるが、そのニュアンスとはもちろん異なる。

 ひとつ分かりやすい例を上げよう。みやじ豚の宮治勇輔さんは、勤めていたパソナを辞めて実家の養豚業に戻った際、考えていた事業プランは月1回のバーベキューくらいだったが、自身がメルマガやウェブを手始めに、口コミや人づての話題を呼んだ。結果、盛んに発信を重ねることで信用と知名度が増し、5倍もの売上を稼ぐことに成功した。現在は農家の跡継ぎを実家に引き戻す運動、NPO「こせがれネットワーク」の活動でも知られる宮治さんだが、そのNPO活動も自身の事業のブランド力向上にあずかっていることをよく理解していた。

 「(NPOの活動で)みやじ豚への信頼も高まるし、僕の名前が出ることでみやじ豚にも関心を持ってもらえる。(中略)最初から意図していたわけではないですが、結果的にはこせがれの活動もみやじ豚には非常に役立っているんです」(本書『勤めないという生き方』より引用)

 彼が言わんとしていたブランド力は、大企業が日々頭を絞っていることと変わりはなかった。大企業と本書が扱ったスモールビジネスでは予算規模もその戦略も異なる。大企業では年間数桁億円を使うところもあり、消費者の詳細な消費実態や生活実態の把握に務め、商品やコーポレートのマーケティング部門がその構築に頭を悩ませて取り組む。それは、例えば寄付事業を母体とするNPOであっても通底する。

 本書では児童労働の廃絶を掲げるNPO「ACE」の岩附由香さんや、カンボジアの地雷撤去支援やウガンダなどの子ども兵の社会復帰を支援するNPO「テラルネッサンス」の鬼丸昌也さんも取り上げているが、こうした寄付事業でもどこに寄付するかという選択が生じる。そこで、消費者が数あるNPOの中で“そのNPO”を指名したくなるのは、信頼を支えとするブランド力があってこそだ。

 その意味で、本書のようなスモールビジネスと大企業とのブランディング構築で違いはどこにあるのかと言えば、特定された個人かその他大勢の集団かということになるだろう(昨今では企業のビジネスでも個人がオフィシャルに出ることで推進するケースもあるが、人事異動など年次による変化を考えればやはりあてはまる)。

 つまり、スモールビジネスでは個人の生き方や考えがそのままブランディングになっており、継続性は個人の信用力に関わっている。商品やサービスのよさはもちろんベースにあるが、継続的に事業を存続・発展させていくには、その個人が愛されたり、信用されていることが重要なのだ。

 だからなのか、あるいは、結果的にそうなのか、本書で取材した人たちは、ほんとうに人間的に魅力があった。この取材では、お決まりのビジネス的話よりは、生まれや育ちから深く掘り下げて話を聞かせてもらったが、これほどおもしろい取材は久しくなかった。

 ただ、おもしろいことに、本書を取材した人たちの多くはそのこと──自分にブランド力があること──を意識してはいないようだった。むしろ発作的に自身の関心に突き動かされてやってきた結果というのが彼らの認識だった。

 確かに意図的に構築しようとしても、個人の信用はつくれるものではない。本書で取り上げた人たちはそんなことは百も承知だったのかもしれない。

 雇用情勢が厳しい現在、会社に勤める生き方も悪いことではない。また、企業に勤めなければできないこともある。だが、一方で会社を辞めてもおもしろく、自分の生き方に忠実に生きることもできる。ぜひそんな人たちの、働き方、生き方に興味をもってもらえたらと思う。

著者プロフィール:森 健

フリーランス・ジャーナリスト。

1968年1月、東京都生まれ。神奈川県相模原市で育つ。早稲田大学法学部卒業。在学中の1990年からライター活動をはじめ、科学雑誌、 経済誌、総合誌で専属記者を経て、フリーランスに。科学技術、経済、雇用を主要テーマとして活動。独立行政法人科学技術振興機構にて非常勤調査員(2005〜2007年)。書評も数多く、連載ではダ・ヴィンチ(2006〜2009年)、読売新聞(2007〜2009年)、朝日新聞(2009〜2011年現在)、ほか。


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