ケチをつけろ!:生き残れない経営(2/2 ページ)
猛烈な勢いでケチをつけられると必死にアイディアを絞り出して対策を打とうとするのではないだろうか。ただしケチをつける際、守るべきことがある。
能力差3倍、モチベーション差100倍
日本マイクロソフトを例に取ると、品川グランドセントラルタワーの19〜31階に80億円もかけて照明や内装をやり直し、都内5箇所のオフィスをまとめて2500人の社員が引っ越したというが、ビルが建つほどの資金をオフィス環境充実に投じている。フリーアドレス制でデスクスペースが広く取られ、食堂にはゲームができるスペースがあり、ミーティングスペースは仕切りを取り除いてオープンに使え、芝生やベンチもあってピクニック感覚を味わえるスペースがある。
オフィスの中に異質空間を作ることで、社員の発想力を高める仕組みが随所に見られるという。社員のモチベーションに直結するので、外資系企業はオフィス環境にコストを掛ける。人間の能力差はせいぜい3倍程度だが、モチベーションには100倍の差があると、三木教授の指摘である。
創造力を育てるための教育や秘訣も、しばしば議論されている。
例えば、ノーベル賞受賞科学者の江崎玲於奈博士の「江崎の黄金律」5か条がある(日本経済新聞 2007.1.1.「私の履歴書」より引用)。
(1)今までの行きがかりにとらわれてはいけません。しがらみという呪縛を解かない限り、思いきった創造性の発揮などは望めません。
(2)教えはいくら受けても結構ですが、大先生にのめり込んではいけません。のめり込みますと権威の呪縛は避けられず、自由奔放な若さを失い、自分の想像力も萎縮します。
(3)無用ながらくた情報に惑わされてはいけません。約20ワットで動作するわれわれの限定された頭脳の能力を配慮し、選択された必須な情報だけを処理します。
(4)自分の主張をつらぬくためには戦うことを避けてはいけません。
(5)子供のようにあくなき好奇心と初々しい感性を失ってはいけません。
これは大学研究室に対する戒めだろうが、企業に適用することも十分可能である。「大先生」は、さしずめ「上司」「大先輩」に当ろうが、傾聴し、実行する価値が大いにある。
これ以外にも、数多の創造力発揮手法があるだろう。それらを大いに活用すべきである。しかし、その優れた手法を採用するとしても、資金も掛るし、時間も掛るし、かなりの努力も必要だし、意識して力を入れなければならない。一方で、誰でも、どこでも、即座に、そして容易に採用できる手法が、「ケチをつける」ことである。
「ケチをつける」には、難しく考えることも、構えることも一切ない。自分のやっていること、自分自身の考えていること、他人のやっていること、現在の仕事の方法、現在あるシステム、今ある製品、今あるサービス、……何から何まで、ケチをつけようと思えば、ケチなどすぐつけられる。簡単である。
ただ、自分自身に対する問いかけの場合は問題ないが、自分以外にケチをつける場合は、ケチばかりつけてモラールが下がりはしないか、あるいは関係が悪化しないかという心配はある。前出のA事業所長くらいのカリスカ性があれば、問題は少ないかもしれないが、一般的にはモラールは下がるし、関係も悪化する可能性があるだろう。従って、ケチをつけるための工夫が求められる。
まず、ケチをつける場合は、TPO(注)を心掛けるということである。さらに、言い方にも注意が必要である。例えば、言い放つのではなく問いかけるようにするなど。
もう一つ、冒頭に触れたが、筆者はあらゆることに「疑問を持つ」ことを習慣にしている。ただし、気を付けていることがある。疑問を呈する場合、疑問を相手にぶつけっ放しにするのではなく、必ず2つのことを守る。1つは代案を示す、しかも建設的な代案である。もう1つは、自分が進んで実行する、あるいはコミットメントするということである。これは、疑問をはさむ場合の鉄則であり、ケチをつける場合にも同様である。そうでなければ、単なる批評家や野次馬に成り下がることになる。
まとめよう。創造力を発揮する取り敢えずの手っ取り早い手法として、「ケチをつける」ことを薦める。
ただし、いくつかの条件がある。
(1)TPOを心がけると同時に、言い方に注意を払う。
(2)建設的代案を示す。
(3)コミットメントする。
(注)TPO=Time(時)、Place(場)、Occasion(Opportunity)(機会)の頭文字を取った略語で、和製英語。
著者プロフィール
増岡直二郎(ますおか なおじろう)
日立製作所、八木アンテナ、八木システムエンジニアリングを経て現在、「nao IT研究所」代表。
その間経営、事業企画、製造、情報システム、営業統括、保守などの部門を経験し、IT導入にも直接かかわってきた。執筆・講演・大学非常勤講師・企業指導などで活躍中。著書に「IT導入は企業を危うくする」(洋泉社)、「迫りくる受難時代を勝ち抜くSEの条件」(洋泉社)。
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