エンタメ業界に学ぶ技術戦略の要諦:視点
近年では、業界を問わず経営戦略を語る上でテクノロジー活用は切っても切り離せない。エンタメ業界も例外ではなく、さまざまな先端テクノロジーが生まれている。
近年では、業界を問わず経営戦略を語る上でテクノロジー活用は切っても切り離せない。国内市場が頭打ちとなりグローバル化が必須となる状況下において、産業のガラパゴス化を防くべく世界技術動向を概観・注視し、巧に外部連携を組合わせながら、自社として戦略的に注力技術分野を見極めオープン・クローズ戦略を描く、といった基本動作が業界問わず重要となっている。
エンタメ業界も例外ではなく、さまざまな先端テクノロジーが生まれており、配信プラットフォーマー(OTT)やメディアコングロマリットなど、グローバル大手は戦略的な投資・アライアンスを進めますます競争力を高めようとしている。本稿では実写作品のコンテンツ制作を例にとり技術動向・活用可能性を概観した上で、エンタメ業界以外も含めた技術戦略の要諦を考察してみたい。
コンテンツ制作におけるテクノロジー概観
プリプロダクション(企画・脚本・キャスティングなどの準備段階)・プロダクション(撮影)・ポストプロダクション(編集)の各段階で生まれるさまざまなテクノロジーを俯瞰するには、事業者にとっての提供価値に着目することが有効だ。コンテンツ・作品の品質向上(Quality)、制作に係るコストの最適化(Cost)、制作の納期短縮(Delivery)といったQCDを軸にすると、以下のように整理できる。(図A参照)
Qualityの観点では、従来のVFXやCG技術などに加え、画像処理技術やAIなどの応用も進んでいる(「1、映像表現の質向上」「2、人間にはできない表現の実現」)。また、エンタメ業界では中小制作会社や個人のクリエイターも多数活躍している状況にあるが、米Wonder Dynamics社のクラウドVFXのように、中小・個人事業者でも活用しやすい技術も現れ始めている。加えて、米Slated社の作品スコアリングや投資家・演者・クリエイターのマッチングなど、中小・個人事業者が活躍しやすい/ 大手企業にとっても作品品質向上に向けて連携しやすい仕組みづくりも進んでいる(「3、中小制作者の才能発掘」)。
Cost・Deliveryの観点では、作品スコア・ヒット確度予測などによりコストを掛けるべきコンテンツを効率的に選別する技術(「4、企画のヒット率向上」)に加え、制作者の作業代替・支援や、撮影・編集の自由度を高めて効率的な制作を可能とする技術がさまざま生まれている(「5、制作効率化」)。一例を挙げると、現在スマートフォン中心に静止画で実装が進むSemantic Filteringと呼ばれる技術が動画に適用されれば、編集により昼夜や天候を操作でき、時間・気候条件に左右されない撮影スケジューリングが可能となる。
海外プレイヤーの動向
このように裾野が広い先端技術動向を海外大手プレイヤーは常に注視し、投資・アライアンスを進め更に競争力を高めつつある。
例えばNetflixでは、配信事業の競争力を高めるべく、コンテンツ制作・スタジオ分野でも積極投資を進めている(2018年には制作関連技術だけで約1500億円を投じたと言われる)。数理モデルを活用した撮影スケジューリングのシミュレーション、バーチャルプロダクション、インカメラVFX (VFX:Visual Effectsをリアルタイムに実写に組み合わせて撮影する手法)、AIを活用したVFX編集の効率化や字幕生成・タグ付けの自動化など、その対象は多岐にわたる。
視聴者への直接的な訴求につながるコンテンツ品質向上だけでなく、現場の効率化にも力を入れている点も特徴的だ。実際、「キャスト・スタッフが働きやすい環境を作ることによって、いい作品が生まれるため、現場の効率化は非常に重要なテーマ」と表明している。日本でもクリエイターや演者の方々の負荷は決して低くないため、業界に人材を定着させ、作品の質を向上するためにも、テクノロジーも活用しつつ効率化を進める必要がある。
また、Walt Disneyでは、実用化に時間がかかるテクノロジーも含めて注視し、イリノイ州立大学やチューリッヒ工科大学などのアカデミアとの連携を通じて効率的に知見を蓄える工夫を行っている。短期的に実用化が見込める分野は社内研究を中心としつつ、時間軸が長い分野(例:ニューラルネットワークを活用した顔交換の完全自動化技術)は外部との共同研究を進めており、オープン・クローズを戦略的に使い分けている。
テクノロジー活用に向けた検討ステップ
海外大手プレイヤーが虎視眈々(たんたん)とテクノロジー取り込みを進める中、日系企業にとっても技術動向を注視し、戦略的に取り入れることが競争力の維持・向上に向けて必須となりつつある。具体的な検討の進め方を簡略化すると、以下の4ステップで整理できる。
(1)先端技術動向の全体像把握
本稿冒頭で触れたように、いきなり個別のテクノロジーに着目するのではなくその全体像を概観する。その際、例えばOTTがコンテンツプロバイダーに求める技術要件のみに受け身的に対応するのではなく、提供価値ベースで全体俯瞰することが重要である。
(2)保有すべき技術領域の選定
その上で、全体像の中から、自社として保有すべき技術領域を差別化要素含めて選別していく。
(3)ケイパビリティ充足方法の検討
Walt Disneyの例でも触れたように、その保有方法をどこまで自前で、どこは外部活用するのかといったオープン・クローズの見極めを行う。外部活用が必要な領域については提携・買収先の要件を明確化する。
(4)提携・買収先リストアップ
上記を踏まえ、最終的に提携・買収が必要な分野は要件を満たす候補先を検討していく。この順序を間違わず先んじてあるべき候補先の検討を行っていくことで、いわゆる「出玉に飛びついてしまう」ような行き当たりばったりの提携・買収は避けることが必要である。
終わりに
日本のコンテンツが持つ潜在力は高い。テクノロジーも活用しながらその潜在力を発揮し、日本ひいては世界に魅力的なコンテンツを届け、また現場で日々奮闘するクリエイターの皆さまが一層働きやすい環境となることを、一視聴者としても期待している。また、本稿で論じてきた技術戦略の要諦はエンタメ業界に限った話ではない。世界の技術動向に常にアンテナを張り、オープン・クローズ戦略を巧に描きながら、日本として産業の潜在力を発揮していきたい。
著者プロフィール
染谷 将人(Masato Someya)
ローランド・ベルガー シニアプロジェクトマネージャー
東京大学理学部物理学科、同大学院理学系研究科物理学専攻修了。メディア・エンターテインメント、消費財・小売り、食品・飲料、サステナビリティを中心とした領域において、さまざまな戦略プロジェクトを手掛ける。東京オフィスの消費財・流通プラクティス、エンターテインメント・プラクティスのコアメンバー。
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