建設DX有力スタートアップ破綻からの示唆――旧来型産業DXのワナとカギ:視点
ゼネコンなど旧来型の建設プレイヤーだけでなく、新たなビジネスモデルを打ち立てる異業種企業やスタートアップも、この領域で活発な動きを示している。まさに建設業は大変革期に突入し始めているといえよう。
コロナ禍が後押しする建設業の大変革
テレワークでオフィス需要が減退する、郊外移住が進んで都市部の建設需要が落ち込む。コロナ禍初期に囁かれていた業界の読みは必ずしも当たらなかった。実際、昨年度こそ工事中断の影響などで減収傾向に陥る建設会社が多かったが、今期は増収を見込む会社の方がむしろ多い。
建設業は、元請・下請の重層構造的な商取引の下、現場合わせを前提とした設計・施工体制が是とされてきた。労働集約的であるが故、感染対策の観点から密を避けづらく、かつ3K職場のため長年労働者集めにも苦労してきた。建設需要こそ拡大基調にあるが、非効率な業界構造・人材不足、さらには労務費・資材も高騰が続く中、抜本的な構造改革が待ったなしの状況だ。
斯様な環境下、日本でも2010年代に提唱され始めたBIM/CIMが実用段階に入りつつある。3D設計データを起点として、測量・施工・検査など各現場工程のみならず、資材発注・人員配置など周辺領域までもデータで連携されたデジタルコンストラクションの実現が目指されている。特に、デジタル化と相性の良い工場でのユニット生産によるプレハブ工法は、現場組立・現場合わせの最小化、要すればコロナ時代の省人化に寄与でき、その動きを更に加速化させてこよう。
実際、ゼネコンなど旧来型の建設プレイヤーだけでなく、新たなビジネスモデルを打ち立てる異業種企業やスタートアップも、この領域で活発な動きを示している。CADソフトウェアを手掛けるAutodesk、資材卸のBuilders FirstSource、集合住宅のモジュール生産を手掛けるFactory_OS、Airbnbの建設機械版であるEquipmentShare、建設プロジェクトの情報管理・コミュニケーションのためのSaaSを提供するPlanRadarなどが代表例だ。まさに建設業は大変革期に突入し始めているといえよう。(図A参照)
Katerra破綻が意味すること
2021年6月、建設業DXの雄と目されていた米Katerra社が経営破綻した。同社は、デジタル技術を駆使し、短納期・低価格でプレハブ建設を実現するデジタルコンストラクション構想を特徴とし、ソフトバンク・ビジョン・ファンドなどを含め、30億ドル近い資金調達を成し遂げたことでも有名だ。この経営破綻をもって、建設業DXは幻想だったのではといった誤解を生みがちだが、破綻の背景を読み解くと、未成熟な生産技術、過度な低価格受注、全方位的かつ急速な事業拡大、といった同社の脆弱なマネジメントにこそ、その真相があると理解すべきだ。
Katerraが提唱していた事業構想の実現には、モジュール化による資材製造工場のコスト競争力・納期短縮、現場合わせを不要にし得る生産技術・練度向上が不可欠であった。だが実際には、いずれの取組みも不十分で、建材の納品は遅滞し、本来的には不必要なはずの現場での修正がかさみ、さらなる遅滞・コスト高を招いた。ビジネスモデルが未完成な状態にもかかわらず、幾度ものゼネコン・建設管理会社の買収・海外展開を行ったことが、投資家に成長期待を抱かせるためだけの内実を伴わない投資となり、傷口をさらに拡げた格好だ。
同社が目指した変革の方向性は極めて合理的かつ正しかったと考えられる。一方、長年建設業が苦戦してきた技術的な複雑性を解きほぐし、現場で実効的なオペレーションの設計を行うには、拙速な成長ではなく、狭くとも得意な建設対象物を定めて、そこで成功を積み重ねていくべきではなかったか。多額の資金調達が逆効果となり、拙速な拡大だけに目が向いてしまいがちなスタートアップ特有のわなに嵌ったともいえよう。
旧来型産業DXに対する示唆
歴史ある古い産業では、先人が長年苦労して作り上げた技術・オペレーションに一定の合理性・複雑性を有するのが常だ。デジタル技術でそれを代替・凌駕することは、理論上は成り立っても、現実的にはハードルが高い。その産みの苦しみを乗り越えるためには、黎明期での小さな成功モデルの確立が極めて重要であることを、Katerraの事例が物語っている。
ターゲット顧客・製品/サービスの絞り込みによる先鋭化を大前提に、初期段階での副次的マネタイズ手段の設計が行えれば、なお理想的だ。後者の点では、Teslaの排出枠売却収入が最も分かりやすい。同社はEV販売で赤字を出しても、他自動車メーカーへの排出枠売却益により黒字化を実現してきた。黎明期は、いくら規模感が小さかろうが、将来的に収益“率”を高め得る土台を創ることを至上命令とし、その後、ビジネスモデルの横展開により収益"額"を追うことこそが、本来踏むべきステップである。
農業、医療などさまざまな旧来型産業においてもXXTech・DXが叫ばれ、収益改善ならびに労働者不足の観点などから、その必然性が高まっている。農業を例に取っても、作物・産地・流通段階ごとに独特な商慣行・運営手法が存在し、建設業と同等ないしはそれ以上に複雑性が高い。かと言って、あまりに狭すぎる領域では、せっかくのデジタル技術が、単なる電子化・業務改善レベルでしか効果を示さず、業界が抱える構造的な課題の解決、ビジネスモデルの革新は困難だ。まずは、顧客に価値を産み出せる最小単位が何処かを見極めることから始めたい。その上で、デジタル技術でバリューチェーンをつなぎ込み、小さな成功モデルを創り出すと共に、横展開を視野に入れたプラットフォーム機能を具備しておく。これらが結実すると、中長期的な参入障壁へと転換され、旧来型産業のDXにおける確固たる地位を築くことにつながっていく。
著者プロフィール
五十嵐 雅之(Masayuki Igarashi)
ローランド・ベルガー パートナー
早稲田大学理工学部卒業、慶應義塾大学大学院経営管理研究科修了(経営学修)。日系・米系コンサルティングファーム、三菱商事を経て現職。産業財全般、エネルギー、総合商社、リース等を中心に、事業戦略立案、新規事業開発、事業計画・投資評価、マーケティング戦略、組織構造改革等のプロジェクト経験を豊富に持つ。
著者プロフィール
大宮 隆之(Takayuki Omiya)
ローランド・ベルガー シニアプロジェクトマネージャー
早稲田大学理工学部卒業、早稲田大学大学院理工学研究科修了。日本航空を経て、ローランド・ベルガーに参画。航空/鉄道、産業財、エネルギー、総合商社などを中心に幅広いクライアントにおいて、長期ビジョン策定、事業戦略立案・実行支援、事業計画・投資評価等のプロジェクト経験を有する。産業財、新卒採用、社内トレーニングそれぞれのチームのコアメンバーとして活動。
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