現場主導の小さな積み重ねがDXの文化を育む ―― カクイチ田中離有社長:デジタル変革の旗手たち(2/2 ページ)
ガレージや倉庫、物置を事業の柱としながらも、太陽光発電事業をはじめとする新規分野にも大胆に挑戦するカクイチだが、同社のDXの取り組みは意外なほど現場主導の小規模なものの積み重ねだ。しかし、現場が自発的に始めたDXだからこそ、組織力は高まり、新たな事業を生み出す原動力となりつつある。同社はいかにして現場主導のDXを実現できたのか。ITmediaエグゼクティブのエグゼクティブプロデューサーである浅井英二が話を聞いた。
DXを楽しむことができる組織力が事業の拡大を加速
カクイチにおけるDXの文化は、どのように育まれてきたのか。田中氏は、「デジタルからではなく、組織論から入っています。父親が会長をしていたときは、機能別組織になりがちでした。その後、兄が社長をしているときは、わりと緩い組織になっていきました。そんな組織を引き継いで社長になった私は、情報で社員同士をつなごうと考えました。そのための、情報の民主化ができないかというのが原点でした」と話す。
情報の民主化を実現するために、2018年に情報共有のためのスマートフォンを全社員に配布。ソフトウェアとして、チームコミュニケーションツールのSlackと、少額のインセンティブを送り合えるサービスであるUniposを導入した。田中氏は、「社長になって4年、社員からの必要な情報が得にくいという課題を解決するため、Slackを導入、メッセージは全社員が見られるようにし、情報提供のモチベーションを向上させる目的でUniposも活用しています」と話す。
仕事の情報を楽しみながら共有し、情報を見たらリアクションする文化を醸成したかったので、オリジナルのスタンプも作っている。目指したのは、大部屋でワイガヤするイメージという。約2年運用し、定着してきたころにコロナ禍に見舞われる。全くの偶然だが、社員同士つながることができる環境が出来ており、ITリテラシーも向上していたことから大きな問題にはならなかった。
「さまざまな取り組みの積み重ねがあり、全社員がDXを推進できる体質へと変革することができました。例えば、販売促進ひとつ取っても、それまではDMやチラシでしたが、現在はSlackの中にカフェを開き、SNSの使い方を教え合って活用しています。これもひとつのDXだと思っています。マニュアルを作ろう、動画を作ろう、デジタルツールを使ったeラーニングシステムを作ろうといった取り組みが現場主導で起きています」(田中氏)
一方、勤怠管理のDXは、田中社長のトップダウンでスタートしたという。「むちゃぶり」ともいえる指示は、Slackで期待管理できないか、使いたくなるスタンプを考える、上司が部下の行動を逐一管理しない仕組みを作る、という3つ。むちゃぶりされたチームでは、Slackでスタンプを送信するだけで勤怠管理ができる仕組みを考え、スタンプも作り直し、Slackと勤怠管理アプリを連携させることで社長の期待に応えた。
このときも、Slackと勤怠管理アプリの連携では外部の力を借りている。田中氏は、「常々、社員には、結果=考え方×やる気×能力という稲盛和夫氏の言葉を伝えています。例えば、考え方が会社と違ってはマイナスで、いくらやる気と能力があっても掛け算の結果はマイナスです。しかし、考え方が60、やる気が100で、能力が10のときはプラスになります。低いところ、この場合は能力ですが、それはほかの誰かに相談して補えばいいのです」と話す。
「問題があることに生きがいを感じられればエネルギーは2倍になります。ピンチはチャンスだと伝え、社員をエンパワーメントしています。私自身が、DXという変革を楽しんでいたり、成長している社員を見て拍手をしたりすると、みんなもやる気になります」と田中氏。ボトムアップで実現したDXのエネルギーは、既存事業にも良い影響を及ぼし、デジタルを使ってビジネスを変革ができるようになった組織力が事業の拡大を加速しているという。
「明治19年に祖父が金物屋として創業したときに、“安全第一、品質第二、採算第三”を社是としていました。安全第一は社員の健康が1番ということで、品質第二というのはお客さまが喜ぶことが2番目ということ、採算第三は3番目が会社だということです。父親も晩年は、“カクイチはおのおの(社員)が1番の会社である”と話していました。一貫してフォーカスすべきは“社員”です。“お客さまは神様”という言葉もありますが、社員のエネルギーが高ければ、良い人材が集まり、DXも進みます。DXが進めば、お客さまはおのずと喜んでくれると考えています」と田中氏は話す。
聞き手プロフィール:浅井英二(あさいえいじ)
Windows 3.0が米国で発表された1990年、大手書店系出版社を経てソフトバンクに入社、「PCWEEK日本版」の創刊に携わり、1996年に同誌編集長に就任する。2000年からはグループのオンラインメディア企業であるソフトバンク・ジーディネット(現在のアイティメディア)に移り、エンタープライズ分野の編集長を務める。2007年には経営層向けの情報共有コミュニティーとして「ITmedia エグゼクティブ」を立ち上げ、編集長に就く。現在は企業向けIT分野のエグゼクティブプロデューサーを務める。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
関連記事
- 災害大国ニッポン、救うのはAIによる可視化、そして予測――Spectee 村上建治郎氏
- 目指すのは「のび太くんの部屋」? 「らしさ」を生かしてDXを推進 ── J.フロントリテイリング 野村泰一氏
- 「おもてなし」とkintoneで伴走型のDX支援を――八芳園 豊岡若菜氏
- 人の感性とデジタルのバランスで商品やサービスの変革へ ―― 三井農林 佐伯光則社長
- デジタルで生命保険の顧客体験を再定義――ライフネット生命 森亮介社長
- デジタルで20世紀型の産業構造を変革する――ラクスル 松本恭攝氏
- コロナ禍の今こそDXでビジネスモデルを見直す好機――ANA 野村泰一氏
- デジタルでヘルスケアのトップイノベーターを目指す――中外製薬 執行役員 デジタル・IT統轄部門長 志済聡子氏
- デジタル化へ突き進む日清食品、データ活用、内製化、会社の枠を超えた次なる挑戦を直撃――日清食品HD 情報企画部 次長 成田敏博氏
- AIで店舗の「3密」対策、社内ハッカソンから2週間で実装――サツドラホールディングス 代表取締役社長 富山浩樹氏
- 変わらないと、LIXIL 2万人超えのテレワーク支援を内製エンジニアでやりきる――LIXIL IT部門 基幹システム統括部 統括部長 岩崎 磨氏
- いま力を発揮しなくてどうする。一日でテレワーク環境を全社展開した情シスの現場力――フジテック CIO 友岡賢二氏
- DXに現場はついてきているか? 「とんかつ新宿さぼてん」のAIが導き出したもの――グリーンハウスグループ CDO 伊藤信博氏
- 3年目の覚悟、実体なきイノベーションからの脱却――みずほフィナンシャルグループ 大久保光伸氏
- 問題は実効支配とコンセンサスマネジメント――武闘派CIOにITガバナンスを学ぶ