第50回:なぜ「優秀なマネジャー」ほど経営に嫌われるのか:マネジメント力を科学する
現場で成果を出す優秀なマネジャーほど、経営陣への提案が通らない理由を解き明かす。彼らは過去の成功体験から「正しい改善」を提案しがちだが、経営が扱うのは正解のない「選択」。経営層に届くためには、改善思考から選択思考へと思考の起点を転換する必要がある。
エグゼクティブの皆さんが活躍する際に発揮するマネジメント能力にスポットを当て、「いかなるときに、どのような力が求められるか」について明らかにしていく当連載。
前回、マネジメントが経営陣と施策を握れない理由について、「立ち位置の違い」という観点から整理しました。実務の延長として提案を行っている限り、経営の意思決定には届かない。経営の側に立って思考し、実行までを設計することが求められている、という内容です。
この点については多くの方にご理解いただけた一方で、少なからぬ違和感を抱かれた方もいらっしゃるのではないでしょうか。「頭ではわかるが、自分も同じことをしている気がする」「現場では成果を出しているのに、なぜか評価されない」といった感覚です。
この違和感は偶然ではありません。むしろ、ある意味では必然です。なぜなら、このズレは能力不足ではなく、「優秀であるがゆえ」に生まれる構造だからです。
優秀なマネジャーが陥る“改善思考”の限界
まず前提として押さえておきたいのは、経営に届かないマネジャーの多くは、決して能力が低いわけではないという点です。むしろその逆で、現場で成果を出し続けてきた人材であるケースがほとんどです。
彼らは課題を見つけ、改善し、結果を出すというサイクルを高い精度で回してきました。既存の業務の非効率を見つけ、より良いやり方に変え、チームに浸透させ、成果につなげる。このプロセスを繰り返すことで信頼と実績を積み上げ、現在のポジションに至っています。
この経験は極めて重要であり、マネジメントの基盤そのものです。しかし同時に、この成功体験は強力な思考の枠組みを形成します。すなわち、「現状は改善できる」「より良くできる」「正しいことをやれば成果は出る」という前提です。
ところが、この前提は経営の領域ではそのまま通用しません。なぜなら、経営が扱っているのは「改善」ではなく「選択」だからです。
経営は「正しさ」ではなく「選択」で動いている
経営が日々行っている意思決定は、何をやるか、何をやらないか、どこに資源を投下するか、どのリスクを取るか、といった選択の連続です。これらはすべて、正解が存在しない中での判断です。
重要なのは、「より良くすること」ではなく、「どれを選び、どれを捨てるか」です。したがって、現場で通用してきた“改善の論理”は、そのままでは経営の意思決定には接続しません。
この構造を理解する上で象徴的なのが、OpenAIを巡る一連の出来事です。2023年、同社ではCEOであるサム・アルトマン氏が一度解任され、その後わずか数日で復帰するという異例の展開が起きました。
この出来事は「どちらが正しかったのか」という文脈で語られがちですが、本質はそこではありません。ここで問われていたのは、「どの未来を選択するのか」という経営判断です。安全性を優先するのか、成長スピードを優先するのか。その選択によって企業の進む方向そのものが変わる。このレイヤーでは、「どちらが正しいか」は決定要因になりません。どの方向に進むのか、その責任を誰が引き受けるのかが問われるのです。
現場のマネジャーが持ち込む提案が通らない理由も、ここにあります。それが正しいかどうかではなく、「どの選択につながるのか」が見えていないのです。
同様の構造は、ソニーグループの経営判断にも見て取れます。同社はかつてエレクトロニクスを中心とした企業でしたが、現在はゲーム、音楽、映画、金融といった領域へと事業の重心を大きく移しています。
この変化は、既存事業の改善の積み重ねではなく、「どの領域に経営資源を集中するのか」という選択の結果です。現場レベルでは、テレビ事業の収益性改善や製品競争力の強化といった提案はいくらでも成立しますし、それ自体は正しいでしょう。しかし経営は、それらを個別最適化するのではなく、「どの事業に未来があるのか」という問いに答え続けてきました。
ここでも評価されているのは、「正しい改善」ではなく、全体最適としての選択なのです。
なぜ優秀な人ほどズレに気付づけないのか
厄介なのは、このズレが非常に気付づきにくいという点です。なぜなら、本人は現場で成果を出し、評価されているからです。信頼も得ており、「自分のやり方は正しい」という確信が強化されていく。
しかしその延長で経営に向き合うと、なぜか評価されない。この違和感の正体は、能力不足ではなく、成功体験の適用範囲の問題です。改善で成果を出してきた人ほど、意思決定の領域でも同じロジックを適用してしまう。これが、優秀なマネジャーほど経営とズレる理由です。
では、このズレを越える人は何を変えているのでしょうか。それはスキルではなく、思考の起点です。目の前の課題をどう改善するかではなく、「なぜそれをやるのか」「今やるべきなのか」という問いから考え始める。つまり、改善の思考から、選択の思考へと軸を移しているのです。
この転換が起きたとき、初めて提案は経営の意思決定と接続します。
分岐はすでに始まっている
「経営に嫌われている」と感じているマネジャーの多くは、実際には嫌われているわけではありません。単に、評価されている役割が異なるだけです。現場は実行力を評価し、経営は意思決定力を評価する。この違いを理解しない限り、どれだけ優秀であっても経営には届きません。
これを捉え違いしてえてしまい、逆恨みのように「うちの経営陣はバカだ。現実を分かっていない」と嘆きながら当社に転職相談をいただくマネジメントの方が時折いらっしゃいますが、もったいないことです。
このスタンスの方は、別の会社に移ったとしても、同じ嘆きを繰り返すことになるでしょう。
マネジメントという仕事は、連続的に積み上がるものに見えて、実はどこかで非連続な転換が求められます。改善を積み上げる延長線上に、経営はありません。どこかで「何を良くするか」ではなく、「何を選ぶか」に思考を切り替える必要があります。
その分岐は特別な瞬間に訪れるものではなく、日々の意思決定の中にすでに存在しています。改善を続けるのか、それとも選択に踏み込むのか。その違いが、やがて決定的な差となって現れます。
優秀であることと、経営に届くことは同義ではありません。むしろ、優秀であるがゆえに、その延長線上にとどまり続けてしまうリスクがある。その構造に気付づき、思考の起点を変えることこそが、マネジャーが次のステージに進むための鍵なのではないでしょうか。
著者プロフィール:井上和幸
株式会社経営者JP 代表取締役社長・CEOに
早稲田大学政治経済学部卒業後、リクルート入社。人材コンサルティング会社に転職、取締役就任。その後、現リクルートエグゼクティブエージェントのマネージングディレクターを経て、2010年に経営者JPを設立。2万名超の経営人材と対面してきた経験から、経営人材の採用・転職支援などを提供している。2021年、経営人材度を客観指標で明らかにするオリジナルのアセスメント「経営者力診断」をリリース。また、著書には、『社長になる人の条件』『ずるいマネジメント』他。「日本経済新聞」「朝日新聞」「読売新聞」「産経新聞」「日経産業新聞」「週刊東洋経済」「週刊現代」「プレジデント」フジテレビ「ホンマでっか?!TV」「WBS」その他メディア出演多数。
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