鮮度が絶対条件、品質とスピードに徹した明治乳業の物流改革:逆境をはね返すサプライチェーン改革(2/2 ページ)
牛乳やヨーグルトなどの市乳製品は鮮度の保持が絶対条件であるため、注文から納入までのリードタイムをどれだけ短くできるかがメーカーの物流における重要な課題だ。市乳製品が売り上げの多くを占める明治乳業では、いかなる工夫が見られるのだろうか。取り組みを追った。
「2007年問題」への対応がきっかけに
明治乳業のサプライチェーン改革に対する取り組みは、約20年前にさかのぼる。販売、生産、物流、情報システムといった各部門のメンバーが集まり、サプライチェーン改革プロジェクトを立ち上げ、1991年ごろから段階的に整備を行ってきた。それ以前は地域、工場ごとにばらばらの状況だったため、指示系統が一本化できず効率的な物流の運用が行えていなかった。加えて、当時同社は事業の収益性や将来性に大きな課題を抱えており、経営トップからの改善要求も強かった。
課題の1つが「2007年問題」だ。当時同社には約5000人の従業員がいたが、10年後には定年退職などで1000人減ることは明白だった。新たに1000人を採用すればいいというほど事は簡単ではない。定年退職予定者の中には、全国各地の工場で管理者を務めていたベテラン社員なども含まれていたため、彼らの穴埋めができるほどの教育を新入社員に施すことは困難だった。そこで1000人を新たに育成するよりも、4000人で業務を回し、かつ現状よりも効率化を図る手段として、サプライチェーン改革が求められたのである。
サプライチェーン改革などで業務の効率化を図れば人員の削減も期待できるため、企業では既得権益を守る社員からの反発も少なくない。明治乳業でも同様の懸念があったが、少ない人員で業務をいかに進めていくかが全社で問われていたので、強い反発はなかった。工場業務に関しては、今までは経験と勘に頼る部分が大きかったため、一部のベテラン社員からはシステムに指示を受けることに対する抵抗感があったという。彼らに対してはプロジェクトチームが中心となり、具体的な改革の効果などを示しながら説明して回った。
最も困難な首都圏から着手
サプライチェーン改革の第一段階として、1991年から1996年にかけて、在庫やコストの削減を目的に、受注から生産、物流を効率的につなぐ仕組みを構築した。最初にメスを入れたエリアは、売り上げ全体の約6割を占める首都圏および近畿圏だった。通常は北海道や九州など市場規模の小さいエリアから改善活動を進めていくことが多かったが、経営トップの指示により、最も市場が大きく改革のハードルが高い首都圏から着手することにした。
この狙いは成功する。最も難しい条件から取り掛かったので、ほかの地域でも必ずうまくいくという自信につながり、全国展開における大きな苦労もいとわなかった。さらには投資対効果の最も高い首都圏で成功したことによって、その後のサプライチェーン改革に対する投資についても経営者から強い理解が得られることとなった。
同時期に配送プロセスの見直しも行った。これまでは各工場から量販店などの顧客に配送していたが、関東と関西の物流センターの2カ所にいったん商品をすべて集約し、そこから全国に発送するプロセスに変更した。これにより物流管理が容易になったほか、北海道の工場から関西のスーパーに、九州の工場から関東のコンビニエンスストアに配送するといった非効率な状況は改善され、輸送コストなどの削減を実現した。
第二段階として、2000年ごろから生産工程や資材調達の管理に関するSCMシステムの構築に取り組んだ。ちょうどその時期から東北工場(2000年)、九州工場(2002年)、関西工場(2005年)といった新工場を設立していたので、工場をリニューアルするごとにSCMシステムを導入して改革を進めた。牛乳やヨーグルトなどの市乳部門については2005年ごろに、チーズなどの乳製品部門についても2008年に操業を開始した十勝工場をはじめ適用が広がってきている。
経営統合のシナジーを
以上のような改革を進めることにより、サプライチェーンの整備は一応のめどがついた。以前と比べて需要予測の精度が高まり、正確な在庫把握やタイムリーな発注が可能になった。こうして在庫回転率が向上した結果、キャッシュフローの改善につながり大きな経営メリットをもたらしたという。しかしながら、経営環境が厳しさを増す中、「さらに一歩先の改革を」(田中氏)という経営側からの声も強い。
実際、乳製品業界で2003年以降トップを走り続けてきた明治乳業も苦しい。2009年第3四半期(2008年4月1日〜12月31日)の売上高は前年同期実績で0.5%増の5546億7200万円と踏みとどまったものの、営業利益は146億3700万円(前年比25.4%減)、経常利益は144億8900万円(同25.3%)とともに前年実績を大幅に下回る結果になった。
市場での生き残りを賭け、2009年4月には同じ旧・明治製糖を起源とする明治製菓と経営統合し、共同持ち株会社の明治ホールディングスを設立する。現状ではそれぞれに物流システムを構築しており、「サプライチェーンの統合にはまだ時間がかかる」(田中氏)見通しだが、劇的に変化するビジネス環境、市場ニーズに対応すべく、一刻も早い経営統合のシナジーが求められるのは言うまでもない。
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