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生産拠点としてのアジア新興国戦略(後編)女流コンサルタント、アジアを歩く(3/3 ページ)

前回の記事では、中国に依存してきた経緯を振り返りながら、「チャイナリスク」とその回避策としての「チャイナ+1」を改めて考察した。そして、アジア新興国にチャイナ+1を求めるとき、やはり、日本企業が求める「品質」が1つの大きなテーマになるようだということが分かった。その点を踏まえ、日本企業は、生産拠点としてのアジア新興国に対して、どのような戦略でアプローチすべきなのだろうか。前稿に引き続き、アパレル産業を通じて考察する。

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日本企業の変革の必要性

 「生産拠点としてのアジア新興国戦略」と題して、2回にわたって考察してきたが、単にアジア新興国に生産拠点を設けるというだけでは、企業としての競争力の向上に何ら寄与しない。重要なことは、日本企業そのものが、これまで当たり前となってきた流通構造、デザイン工程における分散化と高トランザクション、高品質低価格戦略に係る過去の神話を捨て去り、企業全体の戦略や機能の中に、アジア新興国を拠点とした生産機能を組み入れることにある。

 その際には、アジア新興国のさまざまな優位性の中で、どこを活用するのかといった包括的な視点から、生産拠点としてのアジア新興国戦略を描かなければならない。以下に、生産拠点としてのアジア新興国戦略を描く上で、重要と思われる要素を整理したい。

 1、市場ニーズ・消費者ニーズの再確認

 「生産拠点としてのアジア新興国戦略」に関係がないように思われるかもしれないが、前回の記事を思い出していただきたい。在タイ伊藤忠商事の西川弘也氏の興味深い問いである。「最近、わたしは、日本のアパレルメーカーなどが求める品質について疑問を感じている。H&M、FOREVER21、ZARAが日本に進出する以前は、“日本ではあんな品質では売れないだろう”と多くの専門家が語っていたが、実際には成功を収めている。これはどういうことか。」

 日本企業は、改めて市場ニーズ・消費者ニーズを探究し、求められている品質レベルや品質レベルの多様性の幅などを含め、理解を深める必要がある。市場ニーズ・消費者ニーズを誤認したまま、アジア新興国に生産拠点を構えたなら、それは大きな損失と摩擦の火種にしかならないだろう。

 2、自社、及び自社ブランドの“強み”の再確認

 上記、市場ニーズ・消費者ニーズの再確認を図った上で、自社や自社ブランドのポジショニングや強みをもう一度見つめ直す必要があると考える。わたしは、アジア新興国への進出を支援する業務を営んでいるが、日本のすべての製造メーカーがアジア新興国に生産拠点を構えるべきだなどとは考えていない。実際、アジア新興国に生産拠点を既に構えており、それがうまく行っていない企業も多く目にしている。その多くは、いわば、“アジア新興国ブーム”に乗ってしまい、自社や自社ブランドの立ち位置を確認しないまま、進出してしまった結果である。このプロセスを軽んじると、大きな損失を被ることになる。

 3、事業戦略に照らした、目的・効果・メリットの明確化

 アジア新興国に生産拠点を構えるとなると、企業の中でも、調査、分析、検討が当然行われ、事業戦略に照らして判断がなされていると思われるが、既にアジア新興国への進出を果たしている企業の担当者と話をすると、意外にも多くの人がその目的・効果・メリットを明確に言えないことを目にする。目的・効果・メリットは、事業戦略のステップや時間経過によって異なるものであるが、直近、目指すべき目的・効果・メリットは何なのかは、一つ明確に定める必要がある。

 これは実にシンプルなものとなるはずである。アジア新興国に生産拠点を構える場合には、“とにかくコスト削減”という目的もあれば、“アジア新興国での認知度向上”、“供給確保のリスク分散”といった目的もある。更には、“競合企業と同じ土俵に立つ”というだけの目的もある。それはそれでよい。問題なのは、事業戦略の中に、“生産拠点としてのアジア新興国”が組み込まれており、その理由がはっきりとしていて、目的・効果・メリットが明確かつシンプルに定義されているかである。これがないと、単に、物理的に遠い場所で生産するようになった、という結果しか導かれないだろう。

 4、メリットの最大化のためのビジネスモデル変革

 事業戦略に照らして、目的・効果・メリットが明確できたら、それを最大化するための変革を断行する必要がある。これまでの流通構造や取り引き慣習なども含め、アジア新興国に生産拠点を置くことによるメリットを阻害する要因を排除し、メリットをより大きくするモデルを設計することが重要だ。例えば、“とにかくコスト削減”という目的ならば、検品作業を含む業務プロセスの見直しを行い、それに伴う組織再編を行う、あるいはデザイン工程における機能分散を集約化し、場合によっては企業買収による統合化を行うといった、大胆なビジネスモデルの変革こそがメリットの最大化を引き出す場合もあるだろう。 先述のとおり、アジア新興国に生産拠点を置いただけで、競争力を得られたり、想定したメリットを享受したりできるわけではない。各種の施策と組み合わせてこそ、“生産拠点としてのアジア新興国”に意義があることを重ねて申し上げたい。

 5、アジア新興国に対する理解とそれに基づくグローバル化

 アジア新興国には既に欧米の企業が多く進出しており、活発に取り引きが行われている。それらはグローバルスタンダードなやり方、世界でベストプラクティスと言われるようなやり方で行われており、当然のことながら、日本独自の考え方や取り引き形態はなかなか受け入れられないという実状がある。それを踏まえ、やはり重要なことは、生産拠点を構えるアジア新興国を理解することである。グローバルスタンダードなビジネス手法が浸透しつつあるとは言え、アジア新興国にはそれぞれ異なる文化、慣習、不文律のルールなどが存在しており、アジア新興国も欧米企業のやり方に合さざるを得ず、取り組んでいるものもある。

 日本企業は、アジア新興国を理解し、彼らがやりやすいビジネス形態を認識した上で、グローバル化に向けた対応を講じることが大切だろう。同じアジアの国として相互に理解し合うことによって、相乗効果の高い新しいプロセスやルールが生まれ、アジアンスタンダードが確立されるというのも市場において極めて価値の高いことである。生産拠点としてのアジア新興国戦略を促進させるためにも、また、アジア新興国とともに日本が新興していくためにも、そういった取り組みこそが大きな契機になるのではなかろうか。

著者プロフィール

辻 佳子(つじ よしこ)

デロイト トーマツ コンサルティング所属コンサルタント。システムエンジニアを経た後、アクセンチュア・テクノロジー・ソリューションズにて、官公庁や製造業等の企業統合PMIに伴うBPR、大規模なアウトソーシング化/中国オフショア化のプロジェクトに従事。大連・上海・日本を行き来し、チームの運営・進行管理者としてブリッジ的な役割を担う。現在、デロイト トーマツ コンサルティング所属。中国+アジア途上国におけるビジネスのほか、IT、BPR、BPO/ITOの分野で活躍している。


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