顧客という資産を生かすラストワンマイルの経営――新出光 出光泰典社長:石黒不二代の「ビジネス革新のヒントをつかめ」(2/2 ページ)
ガソリンを売るためのサービスステーションが、地域の人が必要とするものを提供するサービスステーションに生まれ変わろうとしている。「ユーザーと直結したビジネスを忠実に行う」新たな業態が生まれるかもしれない。
ラストワンマイルの資産を生かせ!
脱石油の時代に、顧客へのラストワンマイルを持つSSビジネスでは、顧客との接点が資産であるといえます。その資産を生かすため、九州に本社を置くIDEXは地域エリアの販社化をすすめています。以前は、本社主体の中央集権だったため、店長が地域の人との繋がりができた頃に転勤命令が出て、お客さまから残念という声が聞こえてきました。
さらに、地域密着型の実験として、コンビニとガソリンスタンドを併設する一体型のSSを展開し始めました。海外では当たり前の併設を、日本でもまねたことがありましたが、スタンド業者が考えるとどうしてもガソリンスタンド中心になります。これからは、ガソリンもコンビニの一商品として売る店舗づくりを進め、地域をささえるインフラになりたいと考えています。ミニストップやローソンと提携し、ステーションの屋根には、SHELLやCOSMOでなく、コンビニのロゴが印されています。敷地の真ん中にコンビニがあり、給油計量機はそのまわりを囲みます。また、電気自動車の普及につれ、IDEXも電気自動車の充電設備を試験的においています。電気自動車のフル充電には、15分〜30分必要。その間に買い物をするのは合理的な時間の過ごし方です。
そもそも、この記事を書くにあたってガソリンスタンドでなくSS(サービスステーション)と書いてきましたが、消費者としての私にはずいぶん背伸びをしている気分です。しかし、SSというのが、この業界内の呼び名なのです。ガソリンを売るのではなくサービスを売る、その原点に出光さんは返るべきだと考えているのです。物売りや単一の販売から、経験を販売する総合的な場所づくりとファンの醸成、顧客に最も近いSSだからこそ、できる発想なのです。
九州の2店舗では宅配サービスを始めました。これもSSという場所が、ガソリンのポンピングだけではなく、地域のインフラとしてどう生まれ変わっていくべきかという発想からできた新サービスです。実は、従来のビジネス以上にお客様から感謝され、社員のモチベーションも上がっているそうです。将来は、人口がますます老齢化すると車で買い物にいけない人たちも増えてきます。
IDEXの名前のとおり、お客様が車の運転ができなければ、こちらから商品のちらしをお客様に届け電話で注文の品を届けることができるのではないか? それを実現したのが宅配サービスであり、惣菜や重いビール、飲み物などが注文の翌日、お客様のもとに届けられています。今はガソリンを提供する場所をサービスステーションとよんでいますが、今後は地域の人が必要とするものを提供するという本当の意味でのサービスステーションに、そして地域のサービスインフラに育てたいと思っています。
クルマ周りはIDEXに!
新出光は、レンタカー事業で米Budgetと提携、ベンツのディーラー、中古車販売、車検・鈑金工場、生保・損害保険、もちろん燃料など、クルマ周りのサービスを総合的に手がけています。社名も、イデックスオートジャパンを掲げ、クルマ周りのことは何でもイデックスに! のブランディングを10月に向けて準備しています。
Appleのスティーブ・ジョブズCEOは、「イノベーションは0からでなく、連結力だ」と言いました。ただ一緒になるだけでは意味がない。組み合わせは、何をとって、何を捨てるかの決断が大事です。家庭にある1台のクルマ中心にサービスを組み立てていきます。
新エネルギーにも着手
さらに、新出光は福岡県大牟田市で、木屑 (木材のチップ)を蒸し焼きの要領で分解して、究極のクリーンエネルギーと言われる水素をつくる施設を建築中です。これは、国のバイオマス関連補助事業にも採用された世界初の事業です。クルマと家庭用燃料電池、大規模送電の時代からリスク分散思考にエネルギーの概念が転換する時代背景の中で、水素社会の本格的な到来には今しばらく時間がかかりそうなので、当初は半導体メーカーなどへ工業用ガスとしての納入から始め、最後は本業であるエネルギーとしての販売へつなげることを目指しています。9月にタワーが竣工、試運転を経て、来年春から本格稼働の予定です。
社長交代で、これら新政策が次々と発表されました。事業の分散を危ぶまれそうですが、実はすべてがエネルギーとクルマに関わるビジネスのみ、コアは動かさないという大方針はぶれていません。
出光家の覚悟
最後に出光さんのプライベートを尋ねました。わたしの知るところによる出光さんは、飾らない明るい性格です。出光家出身ということで親の影響もさぞかし……と思いきや、出光さんは最初の就職の際、親に相談しなかったといいます。新出光には入らない、しかしながら、戻るかもしれないという複雑な思いを抱きながら、まずは、出光という苗字が絶対影響を与えないところで自分を磨きたいというのが大学を出たときの思いでした。
当時都銀の埼玉銀行が最初の就職ですが、九州に支店がない銀行を選んだのもその理由からです。埼玉銀行も社員の多様化を進めていた時代で、出光さんは、奇しくも、九州大学から入った一期生となりました。帰るなら30歳までにと決めていたのは、現場を経験しないとこの会社を背負えないと思ったからです。30歳で戻った時新出光での最初の仕事はSSの現場。現場がいかに大変かが分かり、新出光の強さは現場力だと実感しました。
職場結婚をした美人の奥様には、新出光に帰ることはないと言っていたのに、結婚2年で帰ってしまったことで、今も頭があがらないそうです。
著者プロフィール
石黒不二代(いしぐろ ふじよ)
ネットイヤーグループ株式会社代表取締役社長 兼 CEO
ブラザー工業、外資系企業を経て、スタンフォード大学にてMBA取得。シリコンバレーにてハイテク系コンサルティング会社を設立、日米間の技術移転などに従事。2000年よりネットイヤーグループ代表取締役として、大企業を中心に、事業の本質的な課題を解決するためWebを中核に据えたマーケティングを支援し独自のブランドを確立。日経情報ストラテジー連載コラム「石黒不二代のCIOは眠れない」など著書や寄稿多数。経済産業省 IT経営戦略会議委員に就任。
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