検索
連載

『平成猿蟹合戦図』著者 吉田修一さん話題の著者に聞いた“ベストセラーの原点”(3/3 ページ)

徹底的なリアリティで知られるこれまでの作品とは対照的に、どこかおとぎ話を意識したような、やわらかい語り口で書かれている。バラエティに富んだ作品の中でも異彩を放つこの作品はどのような背景と土壌を持って生まれてきたのか?

Share
Tweet
LINE
Hatena
新刊JP
前のページへ |       
※本記事はアフィリエイトプログラムによる収益を得ています

24、5歳の時に見えた「道」があまりにお粗末だった

 ――文章を書くということをお仕事とされている吉田さんですが、そのなかでも特に好きな仕事はありますか?

 吉田:「ゲラになった原稿に自分で赤を入れるのが一番楽しいですね。削ったりするのが好きなんですよ」

 ――吉田さんは高校まではずっと水泳をされていたそうですが、そのようにスポーツをずっと続けられていた方が文章に興味を持ち、小説を書いてみようと思ったきっかけは何だったのでしょうか。

 吉田:「大学に入るタイミングで東京に出てきて、24、5歳の時に特にきっかけなく書き始めたんですよね……。書く作業としては短いものなんですけど日記をつける習慣があって、その延長で小説になったのかな…。単純に小説っていうものを書いてみたいと思ったのがきっかけといえばきっかけかもしれません」

 ――特にきっかけがないというのは珍しいですよね。

 吉田:「以前、対談させてもらった高橋源一郎さんにもそこを深く突っ込まれたんですけど、考えても出てこないんですよね。「ありえない」って言われました。

 でも24、5歳の時って何となく先が見えてしまう感じがありませんか? この道を行くのか、っていう。僕の場合はその時に見えた道があまりにお粗末だったんですよね(笑)卒業してからずっとフリーターをやっていたりしたので。それで小説っていうわけじゃないんですけど」

 ――24、5歳で将来に思い悩んだ末に書き始めたというわけでもないんですね。

 吉田:「思い悩んではいたんでしょうけどね。でも、その打開策として小説を選ぶっていう時点でもう間違っているでしょう(笑)」

 ――最近読んだ本がありましたら教えてください。

 吉田:「一番最近読み終わったのはイアン・マキューアンの『ソーラー』ですね。それとマリオ・バルガス・リョサの『チボの狂宴』とか、楊逸さんの『獅子頭』も面白かったです。あとは新潮クレスト・ブックスなどでベトナム系アメリカ人とか、タイ系フランス人とか、移民の若い人が書いた小説が出ているのですが、『ボート』(ナム・リー)とか『観光』(ラッタウット・ラープチャルーンサップ)とか、ああいうのは本当に面白いですね」

 ――書店で本を選ぶ時はどのように選んでいますか?

 吉田:「小説に関しては、“この人新しい本を出したんだ”ということで手に取ったり、さっきの『観光』のような気になり方をすることもありますね。読んで面白かった作家の過去の作品を遡ってみたりもします。ノンフィクションは装丁とか帯のコピーで買うことが多いです。読む量でいうと、今は小説よりノンフィクションの方が多いかもしれません」

 ――吉田さんが、人生において影響を受けた本がありましたらご紹介いただけますか?

 吉田:「難しいなあ……。こういう質問でいつも上げるのは、ヨシフ・ブロツキーの『ヴェネツィア』っていう本ですね。紀行文のような小説のような本なんですけど」

 ――最後に読者の方々にメッセージをお願いします。

 吉田:「平成猿蟹合戦図はこれまでの作品とは多少毛色が違いますが、現代のお伽話としてぜひ読んでみて下さい」

取材後記

 言葉を選びながら、ものすごく真剣に取材に応じてくださった吉田さん。ご本人がリアリティの境界が分かった、と語っていたように、今回刊行した『平成猿蟹合戦図』で、吉田さんは次回以降の作品の大きな手がかりをつかんだようでした。

 多彩な作品群にさらなるバリエーションが加わることに期待です。

(取材・記事/山田洋介)

著者プロフィール

吉田 修一

1968年長崎県生まれ。法政大学経営学部卒業。1997年「最後の息子」で第八四回文學界新人賞を受賞し、デビュー。2002年、『パレード』で第十五回山本周五郎賞、『パーク・ライフ』で第一二七回芥川賞、2007年『悪人』で第六一回毎日出版文化賞、第三四回大佛次郎賞、2010年『横道世之介』で第二三回柴田錬三郎賞を受賞。著書に『静かな爆弾』『さよなら渓谷』『空の冒険』『キャンセルされた街の案内』ほか多数。


Copyright(c) OTOBANK Inc. All Rights Reserved.

前のページへ |       
ページトップに戻る