なぜ経営現場でドラッカーを実践できないのか――ドラッカーといえども修正が必要:生き残れない経営(2/2 ページ)
ドラッカーの基本理論、あるいは思想は間違いなく秀でている。しかし、ドラッカーのすべてを正しいと過信する傾向にあり過ぎはしないか。
「変化する顧客は誰か
「変化する顧客は誰か」と、問わなければならない。
「顧客はどこにいるか」ドラッカーはシアーズ社が1920年代に顧客がそれまでとは違った場所、すなわち農民が車を持って街に買い物に出かけるようになっていたことを発見して成功した例を挙げる。しかし、これは消極的な考えではないか。「顧客はどこにいるか」ではなく、農民が車を持って街へ買い物に出掛けるべく「仕掛ける」というように「顧客をどこに創り出すか」という積極的問いを発しなければならないのではないか。
例えば、「駅ナカ」が顧客を創り出した好例である。JRが、2001年に「ステーションルネッサンス」と銘打って、「通過する駅から集う駅」へと企画した。東京メトロも、「EKIBENプロジェクト」と銘打って、「駅」を「便」利にするプロジェクトを成功させた。乗客から購買客に変化させ、顧客を創り出したのである。
また、今都内で「ippuku」が話題を呼んでいる。有料喫煙所である。喫煙が有料? その辺に喫煙所が沢山あるではないか、と疑問を持つだろう。しかし、換気・空調完備、吸殻を水で流してクリーン、Wi-Fiと電源完備でパソコン作業やケータイの充電が無料で可能、1回利用料50円、好みでドリンク70円から、椅子は簡易椅子だが、入ってみるとなかなか快適だ。事業の成否はこれから問われるが、こんな所で顧客を創った、あるいは創ろうとしているわけである。
私たちは「顧客はどこにいるか」と単純に問うのではなく、「顧客をどこに創り出すか」と問い、積極的に顧客を創出する工夫をしなければならない。
「顧客は何を買うか」、ドラッカーが挙げる例として、修理工からキャデラック事業部を任されるようになったニコラス・ドレイシュタットが、キャデラックの競争相手はミンクのコートやダイヤモンドだ、顧客が購入するのは輸送手段ではなくステータスだと言ってはばからず、破産寸前のキャデラックを2、3年で成長事業に変身させたという。また、アメリカの主婦が家電品を買うのは製品だけでなく、アフターサービス、仕事振り、友人の意見などを参考にするという。すなわち、顧客にとっての価値は顧客にしか分からないので顧客に直接聞かなければならないとしている。顧客は、「効用」を買うのであるというドラッカーの主張である。
しかしその「効用」は、顧客の置かれた社会的状況、経済的状況、主観的状況などで変化するということを念頭に置かなければならない。例えば、洗濯機が出始めた頃、北海道のある都市で見かけたことだが、富裕層の一部が洗濯機を床の間に置いた。今では、信じられない光景である。その後、単に汚れを落とすことができればよいという効用から、乾燥という効用を要求するようになり、洗剤不要の洗濯機、やがてアイロン不要という効用に対する要求が出てきた。環境重視の観点から、洗剤メーカーとの共同研究も出ていた。
また、デフレの続く今、安売りに走り過ぎて、顧客の効用を安さに絞りすぎた傾向がありはしないか。さすがに安売りに疲れた消費者が、高額品を求め始めたという。スーパーやコンビニで、2年ほど前から安さが売り物だったPB(Private Brand 独自ブランド)に変化が現われ、高級路線の商品が出てきて、中にはNB(National Brand 大手メーカーブランド)より高価格のものが出ているという。
事ほどさように、顧客にとっての効用はいろいろな状況によって変化するのである。変化を読み取らなければ、旧態依然とした効用に捉われて、顧客を失うことになる。
「顧客は何を買おうと変化しているか」と、問わなければならない。
「顧客は誰か」、「顧客はどこにいるか」、「顧客は何を買うか」を問う時、ドラッカー理論からさらに踏み込んで、顧客の変化を敏感に捉え、顧客を創り出すのだという思考方法を取り、行動したいものである。そうすることで、一層の成果を期待できる。
著者プロフィール
増岡直二郎(ますおか なおじろう)
日立製作所、八木アンテナ、八木システムエンジニアリングを経て現在、「nao IT研究所」代表。
その間経営、事業企画、製造、情報システム、営業統括、保守などの部門を経験し、IT導入にも直接かかわってきた。執筆・講演・大学非常勤講師・企業指導などで活躍中。著書に「IT導入は企業を危うくする」(洋泉社)、「迫りくる受難時代を勝ち抜くSEの条件」(洋泉社)。
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