成功するクロスボーダーM&Aのために:視点(3/3 ページ)
日本企業が関わるM&Aは急増しすでに経営手法の一つとして定着した。しかし成功確率は50%以下との調査結果もある。クロスボーダーM&Aとなるとさらに成功確立は低い。成功に導くための5つの要件とは。
4.M&A成功のために
長年にわたって、ローランド・ベルガーがクロスボーダーM&Aの支援を様々なクライアント企業に行う中で、M&A成功には5つの要件を満たす必要があると考えている。
A)明確な事業・M&A戦略
B)合理的なシナジー効果算定と成果のモニタリング
C)自社・買収先の強みとなる経営資源の把握
D)トップのリーダーシップと統合成功へのコミットメント
E)「形式知」によるコミュニケーション
A)明確な事業・M&A戦略
M&Aそのものを目的化することなく、自社の成長戦略の実現手段として位置づけ、M&A候補先の明確な選定基準を有していることは、成功のための前提条件である。さらには、買収後の買収先企業の成長戦略が明確に描けており、買収先企業と戦略を共有していることも必須条件である。例えば、JTが英ギャラハーを買収した際には、各地域でどのような統合が必要かを買収先候補選定の段階から検討し、どこに新しいオフィスを置き、どのようなブランドを配置し、何人ぐらいの営業員が必要かを洗い出し、そのインパクトを試算した上で、統合により何を得られるかを明確にして選定することにより、M&Aを成功に導いている。
B)合理的なシナジー効果算定と成果のモニタリング
買収検討の初期段階から、明確なシナジー仮説を持ち、シナジー効果の見積もりがデューデリジェンス、統合プラン策定を通じた検証作業を経て、買収金額およびその後の中期計画に織り込まれていることが重要である。売上サイドのシナジーとして、製品のクロスセル、顧客基盤の共有、新製品の共同開
発といった効果、コストサイドのシナジーとして、共同購買、物流集約、拠点の統廃合等の効果をいつまでにどの程度見込み、かつ、その実現のために実行体制が確立されていることが成功の要件である。
それらシナジー目標については、定量的な目標が設定されていることはもちろんのこと、実現に向けたアクションが具体的か、そのアクションの結果想定されるインパクトを実現できているか、それらの進行状況を「見える化」するPDCAサイクルが整備されているかが重要である。中でもコストサイドの共同調達等の比較的効果を早期に実現しやすいものについては、担当者とアクションを明確にし、その立ち上がりを担保しておくことが重要である。例えば、M&Aを繰り返すことで世界最大のビールメーカーとなったベルギーのInBev(インベブ)は、円滑な統合を実現するためのコンバージェンス委員会を設置し、統合作業の目標設定、スケジュール、リソース配分を統括させ、その果たすべき役割、プロセス、アウトプットを明確に定義することで、その進捗を見える化することに成功している。
C)自社・買収先の強みとなる経営資源の把握
自社の核となる価値観、企業文化および強みとなる経営資源を的確に把握し、買収先の強みとなる経営資源と融合させ、グループの組織力を強化できることは重要である。例えば、テルモは米3Mから人工心肺事業を買収した後、自社開発部門を傘下に組み入れ、関連事業を加えることでアメリカの病院へのシステム納入を強化した。これにより両社の強みを活用しながら、マーケットを捉える方策を描き、自社・買収先の強みとなる経営資源を最大活用することで買収によるシナジーを早期に実現することに成功している。
D)トップのリーダーシップと統合成功へのコミットメント
買収企業のトップマネジメントが、買収後の統合の成功に対してコミットし、買収先企業のガバナンスと企業文化融合を最優先課題として自ら取り組むことも重要である。例えば、サントリーホールディングスでは、佐治会長自らが、ディアフィールドのビームサントリー本社に向かい、マット・シャトックCEOら経営陣と会うと同時に、ウイスキー蒸留所に足を運んで従業員らに声をかける機会を持つ等トップ自らがコミットメントを見せることで、統合の成功に向けた取り組みを行っている。さらに、統合プロジェクトチームにおいても、戦略開発本部長とシャトックCEOで週2回3時間に及ぶテレビ会議を行い相互理解を深めることから開始するなど、トップによる強いコミットメントによるリーダーシップがとられている。
E)「形式知」によるコミュニケーション
クロスボーダーM&Aにおいては、「暗黙の了解」は通用しないことを肝に銘じ、戦略、ビジョン・経営理念、権限責任規定、その他重要な経営方針を文書化することで、浸透を図ることは重要である。
5.最後に
クロスボーダーM&Aを成功に導くための要諦を紹介してきたが、M&A戦略策定に始まり、ターゲット企業の選定からディールの実行、さらにはM&A後の統合においては、通常の業務と異なる専門性を必要とする業務が多く存在しているのも、クロスボーダーM&Aの成功を難しくしている要因といえる。ローランド・ベルガーのM&A ・PMIチームでは、専門知識とグローバルでの豊富な支援実績を有するコンサルタントが、M&AおよびPMIに関するプロセスをワンストップでご支援することが可能である(図C参照)。具体的な案件が持ち込まれたとき、さらには、海外をはじめとする成長地域・領域を取り込むための他力の活用の必要性、およびその場合の買収先候補の洗い出しを行う際に、貴社目線での検討を様々な場面等、お声がけいただければ幸いである。
弊社独自のM&Aの成果診断サービスでは(図D参照)すでに、買収をした企業において、更なるシナジーの可能性検証、シナジー実現のための取り組みの加速化につき、まずは現状の評価を行うことが可能である。具体的には、M&Aの成功の5つの要素に従って、「事業戦略」「シナジー効果」「買収先のガバナンス」「企業文化融合」、その他社内プロセスの統合状況につき、その進捗度合いを簡易評価するサービスを提供している。その評価結果として、更なるシナジー実現のために優先度の高い領域を特定した上で、その実現に必要なアクションの策定、リソースの提供を行うことが可能である。
著者プロフィール
渡部 高士(Takashi Watanabe)
ローランド・ベルガー プリンシパル
一橋大学商学部を卒業後、富士銀行、米国系戦略コンサルティング・ファー
ム、アマゾンジャパンを経て、ローランド・ベルガーに参画。米国マサチューセッツ工科大学スローン経営大学院卒業。金融、流通・小売、通信・メディア・エンターテイメントなどを中心に幅広いクライアントにおいて、成長戦略、営業戦略、新規事業支援、再生支援などのプロジェクト経験を豊富に持つ。金融、企業・事業再生グループのメンバー。
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