デジタルヘルスの本質を見極める:視点(4/4 ページ)
2020年にはグローバルデジタルヘルス市場は、1000億ドルの規模に成長するといわれている。しかし、その市場性についてはいまだ不透明な点が多い。あらゆる企業が期待を寄せる「デジタルヘルス」という巨大市場の本質はどこにあるのだろうか。
(2)ステークホルダーの多さ
医療産業はそもそもステークホルダーが多い業界でもある。ヘルスケアサービスを必要とする患者に対し、医療行為を行う医療機関、処方をおこなう調剤薬局、費用を負担する保険者、更にはその様々なルールを司る規制当局が存在する。デジタルヘルスに参入するプレイヤーにとっては、この問題はさらに厄介だ。前述のとおり、デジタルヘルスの本質が縦割りがゆえに効率化しきれない現在の医療構造にメスを入れることを目指している以上、医療業界内でも複数のステークホルダーを巻き込んでいかなければならない。加えて、通信事業者やシステムプロバイダなど、医療業界の外のプレイヤーとも連携が必要になるのだ。(図D参照)
ステークホルダーが増えることは、結果的にビジネスモデルを極めて複雑にしてしまう。例えば、製薬会社や医療機器メーカーは薬事法等の規制に抵触するリスクのあるビジネスは展開できないので、必然的に保守的なモデルを嗜好しがちである。また、医薬品にしろ医療機器にしろ、生来がライフサイクルの長い製品を扱っている。一方で、ITは数年すれば世界が様変わりするような業界だ。ある程度リスクをとってでも短期的にクリティカルマスを目指せるようなモデルでなければ、そもそも生き残れないという考え方が根底にある。また、システムプロバイダには、手離れのよいソフトウェアの売り切りを嗜好し、患者管理などで長々とリソースをとられることを好まない、という思惑があるかもしれない。さらに、こうした新しいビジネスモデルの立案に保険当局を巻き込み、一気に標準化を、と考えたくなると話は一層ややこしくなる。当局は特定の企業に肩入れするのを嫌がって、製薬会社A社が参加するならB社も参加したほうが良いというような意見が出る。ステークホルダーの数だけビジネスモデルがあり、目指す事業性、収益性があり、とれるリスクがある。「では、これでやりましょう」と1つのモデルで合意することは、極めて至難の業だと言わざるを得ない。
(3)ライフサイクルの早さ
近年のビジネス業界の進歩は目まぐるしいの一言に尽きる。10年前までは誰も今のような個人が簡単に人や情報にアクセスできる生活を想定していなかっただろうし、20年前にはインターネットのここまでの普及は予想できなかったに違いない。この日々状況が変わる現在のビジネス業界をVUCAワールド(Volatility=不安定で、Uncertainty = 不確実性が高く、Complexity=複雑で、Ambiguity=曖昧な) という言葉でよく表現されているが、まさにその通りである。
このVUCAワールドにおいて、新たなビジネスを行う場合に最も懸念されるのが、『果たして投資回収可能か?』ということである。結果、リスクを恐れて最低限の投資しかできずに事業として大きく成長しなくなるケースや、はたまた大博打に出たものの、市況の変化により回収できないまま失敗するケースは他業界においても多く散見される。ライフサイクルが長く、数年先のトレンドがかなりの精度で把握できる従来の医療業界と、デジタルヘルスは正反対の業界である。
ましてや、製薬業界は多額の開発投資に対して、市場に投入された新薬で長期安定的な果実を吸い取るのが当たり前のビジネスモデルであった。このライフサイクルが短く先が読みにくい、かつ収益性の低いビジネスが魅力的には映らないのは当たり前であろう。
以上、デジタルヘルスの目指すべき価値と、その事業化にあたって越えるべきハードルについて述べさせていただいた。現実的には、いまだ確たるビジネスモデルが見えていないことがデジタルヘルスの最大の悩みの種である。それ故、当該領域においてビジネスモデルを講じる際には、デジタルヘルス事業単体での事業性ではなく、より全社視点で、デジタルヘルス事業を行うことの意味を考えなくてはならない。
次回は、既にデジタルヘルスに取り組む企業の事例を通じて、デジタルヘルスを成功に導くためのビジネスモデルの考え方について論じさせていただきたい。
著者プロフィール
徳本直紀(Naoki Tokumoto)
ローランド・ベルガー プロジェクトマネージャー
京都大学大学院農学研究科修士課程修了後、ローランド・ベルガーに参画。製薬、医療機器等のヘルスケアおよび、消費財の分野を中心に幅広いクライアントにおいて、全社戦略、マーケティング、海外市場参入、M&A/PMI等のプロジェクト経験を多く有する。東京オフィスにおけるヘルスケア・消費財チームのコアメンバー。
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