AECがもたらすASEANヘルスケア産業の未来:飛躍(6/6 ページ)
AECは、EUがもたらしたような単一経済圏の誕生を意味するのか、それとも同床異夢の加入国の意向が折り合わず、これまでと変わらない事業環境が続くのか。ヘルスケア産業にもたらすであろう変化と、そこで生まれる事業機会とは?
3.民間病院グループの「選択と集中」がもたらす事業機会
ASEANのヘルスケアで事業拡大を志向する企業にとっての大きな悩みの1つは、「一気に全方位で攻めることはできない」「しかし、一カ国ずつでは期待できる事業規模がまだまだ小さい」という二律背反ではないだろうか。日系、ローカル含め多くの企業とのディスカッションを通して得た筆者の1 つの答えは、「大手民間病院グループにフォーカスして攻め手を考えてはどうか」というものだ。
これまで見てきたとおり、彼らがASEANヘルスケアの主役である。また、カバーすべき企業の数も100も200も必要というわけではない。トップ10民間病院が使っている医療機器が、そこで育てられて巣立っていった医師たちによって国中で使われるようになるだろうし、トップ10民間病院が処方する新薬が、その国の第一選択薬に採用されるようになるだろう。トップの民間病院グループをキーアカウントに設定し、自社の製品やサービスが使われるように協働で取り組んでいくことが、結果的に幅広く攻める足がかりになるのではないか、と筆者は考えている。
あらゆる面で事業拡大を図る民間病院グループが、今後直面するであろう最大の課題は、「やりたいことが多すぎる」ということだ。病院も増やしたい、専門科も増やしたい、バリューチェーンも広げたい、では、さすがに投資が追いつかない。どこに優先的に投資し、どこはアライアンスやネットワーク、または将来的な買収で補完するか、といったことをこれまで以上に戦略的に考えなければならない。加えて、AEC統合により民間病院間の競争はますます激しくなる。やりたいことは増える、しかも競争が激しい、となれば、経営資源を企業の差別化に直結する部分に集中し、差別化にも収益機会にも直結しないノンコア領域に関しては限りなく効率化を進めたり、場合によっては外部の活用を進めていくことになるのではないだろうか。
筆者は、戦略領域における貢献はもちろんだが、こうした民間病院の「選択と集中」に貢献できる企業/ビジネスにも、大きな事業機会があるのではないかと考えている。(図I)例えば、オペレーションの効率化によって、医師を診察や手術などの付加価値業務に集中させることができるサービスへのニーズはますます高まるだろう。EMRや院内システム、ナースコールなどのITシステムの導入は、より多くの病院で一般的になっていくだろう。また、規制の確認は必要だが、患者の通院頻度を下げるような簡易モニタリングのしくみなどは、先進国以上にニーズがあるかもしれない。
もう1つ例を挙げると、非コア領域のアウトソーシングに対応できるビジネスもチャンスが大きいように思う。例えばインドネシアでは、検体検査の6割以上が自前のラボで行われている。しかし、独立系検査会社大手であるProdiaによると、最近では、院内のラボのオペレーションを丸まる請け負う「ブランチラボ」へのニーズが高まっているという。
また、タイの民間病院では、医療消耗品や医薬品の調達を医療GPO(Group Purchasing Organization:共同購買組織)に任せることで、調達プロセスの効率化と調達コストの削減を達成した例もある。独立系検査会社やGPOのような、病院側がアウトソースしたい領域に展開するサービスプロバイダへのニーズは今後ますます高まるだろう。
人件費が高騰するにつれて、人材派遣サービスのように、人件費を流動化できるサービスにもニーズがありそうだ。何度も繰り返しになるが、AECがASEANのヘルスケアをどう変えるか、その中で自社がどのような事業を描くか、という問いに関して、シンプルな戦略を描くのは極めて難しい。ASEANを全方位で攻めるには国毎の違いが大きすぎるし、各国を個別に攻めるには市場が小さすぎる。本稿で論じた、ASEANヘルスケアの特質を理解し、その最大の担い手である民間病院にフォーカスをあてる、というのは、結果的に事業機会がそれ以外の分野であったとしても、少なくとも複雑かつ予測の難しいASEANの未来を捉える1つの補助線になるのではないだろうか。
著者プロフィール
諏訪雄栄(Suwa Yoshihiro)
ローランド・ベルガー インドネシアジャパンデスクプリンシパル
京都大学法学部卒業後、ローランド・ベルガーに参画。日本および欧州においてコンサルティングに従事。その後、ノバルティスファーマを経て、復職。製薬、医療機器、消費財を中心に幅広いクライアントにおいて、成長戦略、海外事業戦略、マーケティング戦略、市場参入戦略(特に新興国)のプロジェクト経験を多数有する。
Copyright (c) Roland Berger. All rights reserved.
関連記事
- ASEAN経済共同体(AEC)がもたらすインパクト
- 現場力強化が新興国ビジネスの10年後を決める〜インドネシアを例に
- 成功するクロスボーダーM&Aのために
- 日本発のグローバルブランドを増やそう
- VUCAワールドを勝ち抜くために経営者は何をするべきか?
- 水素エネルギーの利用拡大を目指して
- ビジネスエントロピーの脅威
- 中国医薬品市場の鍵を握るマーケットアクセス
- ミャンマー市場の開拓
- 不確実な将来に打ち勝つ戦略マネジメント〜グローバル企業へ脱皮するための要諦〜
- 国民皆保険へと動き出したインドネシアヘルスケア産業の魅力と落とし穴
- 欧州メガトレンド
- インドネシアのeコマース市場 現状と参入のタイミング
- 中期経営計画のあるべき姿――大変革期における経営計画策定・実行のポイント
- 日系電機メーカーの中国との付き合い方
- 今こそ問われる新規事業開発の在り方
- 人口高齢化の企業経営への示唆
- 80億人市場に対する意識転換の必要性――新・新興国の実態と日本企業のチャンス
- 多極化する世界市場で勝てるブランドをつくる
- 新興国市場での成功の鍵――「FRUGAL」製品の可能性と落とし穴
- 日本企業を再成長に導く経営計画のあり方――10年後、20年後を見据えた自社のありたい姿を描くポイント