イノベーションを阻む「特殊意識」を克服しよう:視点
テクノロジーの進化により、今日ほど「イノベーションができそうな」時代もないが、現実には大きく成長にシフトさせるようなイノベーションが起こせず苦しむ企業も多い。
何がイノベーションを阻むのか
多くの産業で日本市場が縮小するなかで、今日ほど企業にイノベーションが求められる時代はないだろう。また、テクノロジーの進化により、今日ほど「イノベーションができそうな」時代もない。しかし、現実には大きく成長にシフトさせるようなイノベーションが起こせず苦しむ企業も多い。
このような問題意識から弊社は、何がイノベーションを促し、何が阻むのかをさまざまな企業の経営者と議論してきた。そこでイノベーションの大きな阻害要因として浮上したのが「特殊意識」すなわち「自らが特殊だ」という自意識である。
自国市場に対する特殊意識
「特殊意識」にはさまざまなレベルがある。(図A 参照)まず国/市場レベルだ。自国市場が特殊だ、という認識である。日本市場は特殊だから海外の事例は当てはまらない、と考える傾向がこれにあたる。
しかし歴史を振り返れば、過去の各国市場は今よりも遥はるかに個々の特殊性に満ちていた。それがテクノロジーの発達や政治のグローバル化、さまざまな企業のイノベーションで緩和されてきたし、今後も一層そうなっていくだろう。だとすると自国市場の特殊性に固執するよりも、特殊性がいつ解消されるのか、されるとすれば何がドライバーになるかを検討し、それを自社で仕掛けるか、むしろ防ぐのかを考えることが重要ではなかろうか。
自社が属する産業に対する特殊意識
次に産業レベルだ。自社の属する業界が特殊なので、他業界から学ぶのは難しい、という認識である。これは特に製薬・医療関連やインフラ・交通関連、酒類・娯楽関連などの規制産業で生まれやすい。しかし、このような業界は規制があるがゆえに競争から守られている面があり、生産性が著しく低い活動が温存されているケースも多い。他業界の事例を排除するのではなく、どうすれば自社業界でもそれができるかということを考えてみることがイノベーションにつながる可能性がある。
自社に対する特殊意識
三番目は企業レベルだ。業界の中でも自社は特殊なので、他社は参考にならないという考え方である。これは業界トップの企業に生まれやすい。確かに圧倒的トップの座にある企業は、目線をわざわざ下げて他の企業を見る必要を感じにくいかもしれない。しかし、小規模のスタートアップ企業の活動が思いもよらぬ顧客支持を得て急拡大し、破壊的イノベーションをもたらすことも多い。そのような破壊的イノベーションを想定して自社がむしろ仕掛けるのか、守るのか、戦略を用意する必要がある。
自分個人に対する特殊意識
最後に個人レベルだ。自分の職務内容や立場は特殊なので他人の活動は参考にならない、という発想だ。これが積み重なると過度な個人主義が企業内に広がってチームワークが阻害される。新しい発想は異なるアイディアの掛け合わせで生まれることが多いが、その契機を失ってしまう。また、自分に対する特殊意識は、自分だけを肯定するという意識を生みやすい。すると「自分は正しいことをやっているが会社がダメなので変われない」という評論家マインドが生まれる。自らリスクを取って新しいことに挑戦する起業家精神が失われてしまう。そうではなく、他人から学び、他人を巻き込む個人が育つ企業文化があってこそ、イノベーションが生まれうる。
イノベーションは特殊性の否定から生まれる
自らを特殊だと考える意識は、他国市場・他産業・他社・他人への無関心につながりやすい。他者への無関心は慢心と現状の肯定を生み、企業文化は保守化・硬直化して変化への抵抗が大きくなる。
逆に考えると、イノベーションは自国市場・産業・自社・自分の特殊性を否定することから生まれるとも言える。現在ある特殊性が消失するとすればその潜在的な要因は何か。それは自社にどのような脅威や機会をもたらすのか。それに対して自らはどう先手を打つのか。これらを展望するところにイノベーションの契機があるのではないだろうか。
「特殊意識」によるイノベーション阻害は、私自身にも、弊社にも、コンサルティング業界にも起きうることだ。自らを特殊だと考えることは居心地がいい。改めて自省したい。特殊性を否定して自らの発想をイノベートしながら、クライアント企業とともにイノベーションに挑戦してまいりたい。
著者プロフィール
松本 渉(Wataru Matsumoto)
ローランド・ベルガー パートナー
東京大学文学部卒。総合商社を経て2004年から2008年までローランド・ベルガーに在籍。その後、再生系コンサルティングファームを経て2021年よりローランド・ベルガーに再参画。公認会計士。食品、飲料、家電、化粧品、アパレル、レストラン、ホテル、小売りなどの消費者向け産業を中心に活動。事業会社やファンドの投資先におけるPMI(買収・合併後の統合)や業績改善、事業再生、組織構造改革等のプロジェクトを多数経験。特に暫定経営者として株主・従業員・取引先等の利害を調整し具体的な結果に結び付ける実行型支援の実績が豊富。 近年はDX導入に向けた全社組織改革にも注力している。
Copyright (c) Roland Berger. All rights reserved.
関連記事
- エンタメ業界に学ぶ技術戦略の要諦
- 顧客価値創出へのAIの貢献
- 韓国エンタメ業界に学ぶグローバル成功の鍵
- 競争環境を勝ち抜くためのDXによる標準化・差別化の進め方
- 建設DX有力スタートアップ破綻からの示唆――旧来型産業DXのワナとカギ
- 未来志向の経営を支援するDX
- DXを成し遂げる人材・組織のあり方
- 自動車OEMに求められるもう一つのDX
- 量子コンピューティングがもたらす未来〜ユースケースの実現ステップと業界インパクト〜
- HRテックを活用したニューノーマル時代に必要な組織・働き方改革
- モビリティを構成する5つのエコシステム
- 来たるべきマイクロモビリティ社会の未来〜先行するグローバル事例からの示唆〜
- 物流ビジネスにおけるインフラボーナスの重要性
- 縦割り・タコつぼ打破のための9か条
- バズワードに終わらせないBeyond MaaS
- データ駆動型経営の現在地と未来(後編)〜企業変革力(DC, Dynamic Capability)強化に向けて〜
- データ駆動型経営の現在地と未来(前編)〜DIDM(Data Informed Decision Making)とKKD〜
- 自動車業界スタートアップをスケールする〜従来エコシステムとの融和に向けて〜
- 脱炭素社会をシナリオプランニングする〜ESGロードマップ構築に向けて〜
- 構造不況の地域銀行 再編の先に見据えるべき姿〜地域情報プラットフォーマーの道〜