第5回 ソフトウェア開発の英知を組織運営に適用せよ:“デジタルトランスフォーメーション・ジャーニー”ではじめるDX2周目(2/2 ページ)
変革のマネジメントのために必要なのが「組織アジャイル」。ソフトウェア開発領域での概念である「アジャイル」という考え方と振る舞い、その仕組みを開発以外の業務、事業、組織運営に適用している。
問題は、このバックログの中身が変わっていくことである。探索的に施策に取り組むということは、時間とともに新たに取り組むべきものを発見する、あるいは取り組んできたものがそれほど見込みがあるものではなく途中で優先度を落としていかなければならないといったことが起きる。こうした変化に柔軟に対応できるようにするために「スプリント」と呼ばれる時間の区切りを用いる。
スプリントも、事業部、部、課やグループごとに時間の長さが異なる。事業部は四半期、部は1カ月、課は1週間や2週間といった単位で、バックログの評価と見直しを行うようにする。これは、そろそろ見直そうかといったアドホックな動き方ではない。あらかじめ、時間の区切りのほうを決めておき、実活動をスプリントに合わせるようにする。つまり、必ず探索の結果の確認と、次のプランニングを定期的に行うということだ。
ふりかえりとむきなおりで組織的適応を行う
もう1つ「適応」も、組織活動に組み込むこととしよう。適応とは取り組んだ結果から学びを得て、次の活動のための判断や行動を変えることである。DXの取り組みの多くは、組織がまだ経験がしたことがない実験的なものとなる。
それゆえに、取り掛かってみたもののうまく結果が出ない、遂行にあたっての準備が足りていないことに気付くことがざらである。だから、綿密に準備しなければならないのだ、ということではない。調査すれば分かるレベルのことは当然として、実際には新規事業をはじめとして、まだどこにも誰にも答えがないからこそ仮説を立て、検証をしなければならないのだ。取り組んでみたからこそはじめて気付くことができる、理解できるということがDXの対象となっているはずだ。
それゆえに、ふりかえりとむきなおりの果たす役割は大きい。それまでに実施したことを踏まえて、その過程と結果を省みて、次の判断と行動を正すのがふりかえり。一方、これから先の方向性としてどうあるべきなのか、目的や目標を捉え直し逆算して現在の判断と行動を正すのがむきなおり。過去から現在、未来から現在、この両方向から今を捉え直すのが適応の本質となる。
ふりかえり、むきなおりも、概念は理解できるとしてもどのように実践すれば良いかということになるだろう。先のバックログとスプリント同様に「デジタルトランスフォーメーション・ジャーニー」や類書にあたってもらいたい。ソフトウェア開発でのアジャイルの歴史はすでに20年あり、さまざまな知見が蓄積されている。こうした知恵を生かさない手はない。
ただし、ソフトウェア開発におけるアジャイルと組織適用におけるアジャイルとでは、そっくりそのまま用いられるわけではない。例えば、ソフトウェア開発では抜け漏れなくタスクを洗い出し、バックログに落とし込んでいくという見える化が適切であるが、組織アジャイルで全てのタスクを見える化するのは現実的ではない場合がある。それは組織中の詳細な仕事を洗い出し、表出することに他ならない。
対象組織の規模にもよるが、あっという間に大量のタスクに飲み込まれてマネジメント不能となるだろう。本稿でも触れた通り、やるべきことの構造化を行うことで、粒度を上げ下げし、分割しなければ見通しを立てるのが現実的ではなくなってしまう。組織にアジャイルを適用するのは、まだまだこれからの段階である。取り組み自体を探索的に捉え、その学びを組織に集積していこう。
ここまで書籍「デジタルトランスフォーメーション・ジャーニー」の概要を5回の連載に分けて解説してきた。DXが単に新たな技術を導入すること、デジタルに移行することではなく、その本質が組織にとって未知なるケイパビリティ「探索と適応」を獲得するところにあるというのがこの本の趣旨である。道のりは長く、険しい。それだけに、発展的な段階(ジャーニー)を講じて、臨む必要がある。本書がその一助となることを願っている。
著者プロフィール:市谷 聡啓
株式会社レッドジャーニー 代表 / 元政府CIO補佐官 / DevLOVE オーガナイザー
大学卒業後、プログラマーとしてキャリアをスタートする。国内大手SIerでのプロジェクトマネジメント、大規模インターネットサービスのプロデューサーやアジャイル開発の実践を経て独立。現在は日本のデジタルトランスフォーメーションを推進するレッドジャーニーの代表として、大企業や国、地方企業のDX支援に取り組む。新規事業の創出や組織変革などに伴走し、ともにつくり、課題を乗り越え続けている。訳書に「リーン開発の現場」、おもな著書に「カイゼン・ジャーニー」「正しいものを正しくつくる」「チーム・ジャーニー」「いちばんやさしいアジャイル開発の教本」がある。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
関連記事
- 第4回 既存事業か新規事業かではなく、既存も新規も進めてこそのビジネスDX
- 第3回 デジタル人材とは構想と実現の「両利き」を目指すこと
- 第2回 業務のデジタル化では「YouTuber」を目指せ
- 第1回 「荒ぶるDX四天王」に立ち向かうすべを備えているか
- デジタルで20世紀型の産業構造を変革する――ラクスル 松本恭攝氏
- コロナ禍の今こそDXでビジネスモデルを見直す好機――ANA 野村泰一氏
- デジタルでヘルスケアのトップイノベーターを目指す――中外製薬 執行役員 デジタル・IT統轄部門長 志済聡子氏
- デジタル化へ突き進む日清食品、データ活用、内製化、会社の枠を超えた次なる挑戦を直撃――日清食品HD 情報企画部 次長 成田敏博氏
- AIで店舗の「3密」対策、社内ハッカソンから2週間で実装――サツドラホールディングス 代表取締役社長 富山浩樹氏