第51回:なぜ、あのマネジャーは抜てきされないのか──能力ではなく、“人としての不安”が見られている:マネジメント力を科学する
優秀なマネジャーが役員になれない理由は、能力や実績以上に「人としての信頼」にある。経営陣は、周りに安心感を与え、組織を預けられるかを見ているのだ。経営側の本当の評価基準に気づき、次を託されるリーダーに欠かせない「人間力」に迫る。
エグゼクティブの皆さんが活躍する際に発揮するマネジメント能力にスポットを当て、「いかなるときに、どのような力が求められるか」について明らかにしていく当連載。前々回・前回と、「なぜマネジメント人材は経営陣と施策を握れないのか」「なぜ優秀なマネジャーほど経営とズレるのか」というテーマについて取り上げてきました。
そこでは主に、「立ち位置」や「思考構造」の違いを論じました。現場改善の延長線上にいる限り、経営の意思決定には届かない。経営は“改善”ではなく“選択”で動いている、という話です。
しかし、実際の経営現場では、それ以前の段階で「この人は上げられない」と判断されるケースが少なくありません。
それは、能力や経験の問題ではありません。ましてや、短期的な業績だけでもない。もっと根源的な、「この人に組織を預けても本当に大丈夫なのか」という、人としての信頼の問題です。経営は、最後の最後でそこを見ています。
「約束が違う」と語ったAさん
先日、ある企業で「取締役候補」として採用されたAさんから転職相談を受けました。
Aさんは、業界内でも一定の知名度を持つ人物。前職では部門トップとして実績を上げ、社内外からも優秀な事業責任者として認識されていた。実際、転職時にも高く評価されており、「半年〜1年以内には役員登用を視野に」という期待込みでオファーを受け、現在の会社に入社されたそうです。
ところが、入社後しばらくたっても役員登用の話は進まない。それどころか、経営陣との距離は少しずつ広がり、次第に重要案件からも外れていく。
Aさんは強い不満を抱えていました。「話が違う」「約束が守られない」「期待して来たのに、まったく評価されていない」そうした憤りを口にしながら、当社に転職相談に来られたのです。
ただ、状況ヒアリングを重ねていくと、経営陣が懸念していたのはAさんの能力や実績ではなかったことが判明したのです。むしろ逆で、「優秀であること」は誰も否定していなかった。問題は、その優秀さの使い方にありました。
Aさんは、常に経営陣の顔色を見ながら仕事をしていたのです。社長や役員への説明は非常にうまい。一方で、現場とのコミュニケーションは薄く、部下の話をじっくり聞かない。チームの成果より、自分の評価や立ち位置が優先されているように見える。結果として、現場からの信任が積み上がっていませんでした。
しっかりとした経営を行っている経営陣は、まさにここを見ています。
役員とは、単に業績を出す人ではありません。組織を預ける人です。現場からの信頼を得られていない人材を、最終的に経営は上げません。
Aさん自身は、「自分は成果を出している」と思っていたでしょう。それも事実だったと思います。しかし経営から見ると、「成果は出せる。しかし、組織を背負わせるには不安が残る」という評価になっていたのです。
「派閥が原因だ」と思い込んでいたBさん
もう一つ、非常に象徴的だったケースがあります。
長年ある企業で部長職を務めていたBさんは、「自分が役員になれないのは社長派閥ではないからだ」と、強い不満を口にしていました。たしかに組織には政治性があります。人間が集まる以上、相性や力学がゼロになることはありません。しかし、周囲の経営陣から聞こえてきた声は、まったく別のものでした。
彼らが懸念していたのは、Bさんの“情緒的な不安定さ”だったのです。
平時は非常に優秀で、判断も鋭い。しかしプレッシャーがかかると、急に周囲への当たりが強くなる。機嫌によって会議の空気が変わる。ある時は極端に楽観的で、次の瞬間には悲観に振れる。
経営陣が見ていたのは、「この人は不確実性の高い局面で、組織を安定的に率いられるのか」という点でした。
役員という立場は、常に不確実性の中で意思決定を求められます。業績悪化、組織混乱、株主対応、人材流出。そうした局面でも、周囲に安心感を与えながら意思決定しなければならない。
だからこそ経営は、「優秀かどうか」以上に、「揺れないかどうか」を見ています。しかし本人は、それを「派閥」の問題だと思い込んでいた。これは実は、非常によくある構造です。
抜てきされない理由を外部要因だけに求めていると、人は自分自身の課題を見失います。
経営が見ているのは“能力”だけではない
経営陣が役員候補を見る時、実はかなり共通した観点があります。それは、「周囲に安心感を与えられるか」ということです。これは単なる性格論ではありません。組織運営における極めて重要な能力です。
たとえば、自我が強すぎる人。常に「自分が」「自分の成果が」という意識が前面に出るタイプです。短期的には成果を出すことがあります。しかし、周囲の人材が疲弊しやすい。あるいは、仕事を抱え込みすぎる人。本人は責任感のつもりでも、組織から見ると属人化が進み、ボトルネックになる。チームが育たず、「あの人がいないと回らない状態」が出来上がってしまう。
報連相が不十分な人も、経営は警戒します。「自分で判断して進めたほうが早い」という感覚は、優秀な人ほど持ちやすい。しかし経営から見ると、“見えないこと”そのものがリスクです。
さらに、真面目で優秀な人ほど陥りやすいのが、完璧主義です。細部まで詰める。精度を高める。資料も美しい。しかし、その結果、意思決定が遅くなる。周囲が待たされる。組織全体のスピードが落ちる。本人は「質を高めている」つもりでも、経営から見ると、「この人がボトルネックになっている」という評価になることがあります。
経営が求めているのは、“自分でできる人”ではありません。組織を前に進められる人です。
「人としての安心感」は、どうすれば高まるのか
では、どうすれば経営から「安心して任せられる」と感じてもらえるのでしょうか。
これは、特別なカリスマ性や圧倒的能力の話ではありません。むしろ逆で、日常の振る舞いの積み重ねです。
まず重要なのは、「自分が」より「チームが」を主語にすることです。成果を独占せず、メンバーの成果として語る。自分の正しさを証明するより、チーム全体が前進することを優先する。この姿勢は、思っている以上に周囲に伝わります。
次に重要なのは、「不安を放置しないこと」です。役員候補として見られる人ほど、経営陣への報告や相談が早い。問題が起きてから説明するのではなく、「こういうリスクがありそうです」「今こう見ています」と、未確定な段階から共有している。これは単なる報連相ではありません。組織に安心感を生む行為です。
さらに、「揺れないこと」も極めて重要です。もちろん人間ですから感情はあります。しかし、周囲を不安定に巻き込まない。プレッシャーがかかる場面ほど落ち着いている。厳しい状況でも、一定の温度感で対話できる。経営が最後に見ているのは、実はこういう部分です。
そしてもう一つ重要なのは、「自分がいなくても回る状態」を作れることです。本当に優秀なマネジャーほど、実は“自分で抱え込まない”。任せ、育て、仕組みにする。自分がいなくても組織が前進する状態を作る。それは、自分の存在感を消すことではありません。むしろ、「組織を強くできる人」として、経営から最も信頼される在り方です。
経営者側にも問われていること
一方で、この問題はマネジャー側だけの課題ではありません。経営者側にも、大きな責任があります。
実際、多くの企業で起きているのは、「成果を出した人を、そのまま上に上げる」という構造です。しかし、優秀なプレイヤーと、組織を預けられる経営人材は必ずしも一致しません。数字を作れる人が、チームを育てられるとは限らない。現場突破力がある人が、情緒的安定性を持っているとも限らない。にもかかわらず、多くの企業では「成果が高い=役員候補」と短絡的に判断してしまう。すると、組織の上に“強いけれど不安定な人”が増えていきます。
経営者は、単に「できる人」を選ぶのではなく、「周囲に安心感を生む人」を見極めなければなりません。また、役員候補を育成する過程においても、「数字」だけではなく、「人としての成熟」を見ていく必要があります。どれだけ周囲を活かせるか。不安定な状況でどう振る舞うか。自分の感情をどう扱うか。人を安心させる対話ができるか。本来、経営人材育成とは、こうした部分まで含めた営みのはずです。
最後に問われるのは「安心して預けられるか」
役員登用や経営抜擢の場面では、最後に非常にシンプルな問いが存在します。
「この人に組織を預けても大丈夫か」
経営が見ているのは、スキル一覧でも、実績一覧でもありません。現場から信任されているか。情緒は安定しているか。周囲を活かせるか。組織を詰まらせないか。不確実性の中でも冷静に意思決定できるか。
つまり最後は、「人として信頼できるか」が問われているのです。
能力が高い人はたくさんいます。しかし、経営が本当に不足を感じているのは、「安心して任せられる人」です。だからこそ、抜擢される人とされない人の差は、最後には“人間そのもの”に現れてくるのではないでしょうか。
著者プロフィール:井上和幸
株式会社経営者JP 代表取締役社長・CEOに
早稲田大学政治経済学部卒業後、リクルート入社。人材コンサルティング会社に転職、取締役就任。その後、現リクルートエグゼクティブエージェントのマネージングディレクターを経て、2010年に経営者JPを設立。2万名超の経営人材と対面してきた経験から、経営人材の採用・転職支援などを提供している。2021年、経営人材度を客観指標で明らかにするオリジナルのアセスメント「経営者力診断」をリリース。また、著書には、『社長になる人の条件』『ずるいマネジメント』他。「日本経済新聞」「朝日新聞」「読売新聞」「産経新聞」「日経産業新聞」「週刊東洋経済」「週刊現代」「プレジデント」フジテレビ「ホンマでっか?!TV」「WBS」その他メディア出演多数。
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