マネジメント力を科学する

第55回:「誰が言ったか」で判断していないか──SNS時代、エグゼクティブに必要な「空気に逆らう力」

 「何を言ったかより、誰が言ったかが大事だ」と言われることがあります。

 確かに、ビジネスでは発言者の実績や専門性、過去の信用は重要です。同じ経営論でも、実際に会社を経営してきた人の言葉と、経験のない人の言葉を、まったく同じ重さで受け取ることはおそらくないでしょう。情報が氾濫する時代だからこそ、発信者の信頼性を見ることは、情報を選別する有効な方法でもあります。

 しかしそのうえで、日々の現場マネジメントを預かる私たちが「誰が言ったか」で判断してよいのかは、一考に値する重要なテーマだと思います。

 社長が言っているから正しい。有名な経営者が言っているから間違いない。SNSで多くの人が支持しているから、こちらが正しい。逆に、無名の若手社員が言っているから大した意見ではない。もし、このような判断が組織の中で増えているとしたら、私はかなり危険な状態だと思います。

 マネジャーに求められるのは、空気を読むことではありません。空気がどちらへ流れているかを理解したうえで、「それでも事実はどうなのか」と考えることです。

SNSは「世論」を可視化したのではなく、「ムード」を可視化した

 日本では昔から「空気を読む」という言葉が使われてきました。会議で上司の意向を察する。周囲が賛成していれば反対意見を控える。明文化されたルール以上に、その場の雰囲気が意思決定を左右する。良くも悪くも、僕たちは周囲との関係性を読みながら行動することに慣れています。

 そこへSNSが登場しました。

 SNS以前にも世論はありました。しかし、僕たちが四六時中、「いま何人が賛成しているか」を見ることはありませんでした。SNSでは、いいねの数、リポスト数、コメント数、フォロワー数、トレンド順位などによって、その瞬間の多数派らしきものが可視化されます。

 問題は、そこで見えているものが必ずしも社会全体の意見ではないことです。強い意見を持つ人ほど投稿するかもしれませんし、刺激的な発言ほど拡散されることもあります。自分と似た意見の人が集まる場所だけを見ていれば、「みんながそう思っている」と錯覚することもあります。

 昨今の複数のSNS研究でも、他者の「いいね」やコメントといった社会的手掛かりがニュースへの評価や人の意見形成に大きく影響することが確認されています。また、人はより豊かな情報が与えられていても多数派の意見を判断の近道として使う傾向が示されています。

 つまり僕たちは、正しい世論を見ているつもりで、その瞬間に形成された「ムード」だけを見ている可能性があるのです。

人は「みんなが言っている」に想像以上に弱い

 この問題は、SNSによって突然生まれたものではありません。心理学では古くから「同調」が研究されてきました。

 ソロモン・アッシュによる有名な同調実験では、他の参加者が明らかに誤った答えを口にすると、自分の目で確認できる単純な課題であっても、多数派に合わせて判断を変える人がいることが示されました。現在の研究でも、人間の判断には、他者の情報を「自分より正しいかもしれない」と考える情報的影響と、集団から外れたくないという規範的影響の双方が働くことが知られています。

 これは会社の会議でも同じです。

 社長が最初に「私はA案だと思う」と言う。役員が続いて「私もA案です」と言う。その後、部長に意見を求めたとき、A案に疑問を持っていたとしても、「私はB案です」と言う心理的ハードルは一気に高くなります。

 そこで全員がA案に賛成すれば、会議の議事録には「全会一致」と残るでしょう。

 しかし、それは本当に全員がA案を支持した結果なのでしょうか。それとも、最初に形成された空気に、残りの人たちが適応した結果なのでしょうか。

 この2つは、まったく異なります。

「誰が言ったか」は、情報の価値を測る材料の1つにすぎない

 もちろん「誰が言ったか」を無視すべきだと言っているわけではありません。

 医療について医師が語ることと、専門知識のない人が語ることを同列には扱えません。事業についても、その市場で20年間戦ってきた経営者の見解には、外部の人には見えない経験知が含まれているでしょう。

 発信者の専門性、経験、実績、過去の予測精度を見ることは重要です。

 問題は、「誰が言ったか」を情報の評価材料ではなく、結論そのものにしてしまうことです。

 有名な人が言っているから正しいのではありません。多くの人が支持しているから正しいのでもありません。逆に、少数派だから間違っているわけでもありません。

 見るべきなのは、その人が何を根拠に、どのような前提で、その結論に至ったのかです。

 「誰が言ったか」は情報の信頼度を測る1つの変数であって、思考を停止してよい理由ではないのです。

「空気」が組織の事実認識を歪めると何が起きるのか

 企業経営では、この問題が単なるコミュニケーション上の癖では済まないことがあります。

 2024年には、日本の複数の自動車メーカーで型式指定の認証申請を巡る不正や不適切な手続きが相次いで明らかになり、一部車種の出荷停止にまで発展しました。個々の事案や原因はそれぞれ異なるため一括りにはできませんが、「決められたプロセスよりも、組織内部の事情や目の前の目標が優先されると何が起きるのか」を考えさせる事例です。

 重要なのは、不正をする人が特殊なのではないということです。

 「このスケジュールは絶対に守らなければならない」「ここで止めたら多くの人に迷惑をかける」「これまでもこのやり方で問題なかった」。こうした言葉が組織の中で繰り返されると、いつしかそれが事実以上の力を持つことがあります。

 誰かが違和感を覚えても、「自分だけがおかしいのだろうか」と考える。上司も異議を唱えない。同僚も黙っている。すると、一人一人は疑問を持っているにもかかわらず、組織全体としては同じ方向へ進み続けます。

 企業にとって本当に怖いのは、間違った判断をすることだけではありません。

間違っている可能性に誰も気づけなくなることです。

優れたマネジャーは「多数派」と「事実」を分離する

 では、SNSによって情報と意見が大量に流れ込み、組織の中でもさまざまな声が飛び交う時代に、マネジャーはどう判断すればよいのでしょうか。

 まず必要なことは、「多数派」と「事実」を意識的に分離することです。

 例えば、新商品についてSNSで批判が殺到しているとします。そのとき、「炎上している」という事実と、「商品に重大な問題がある」という判断は分けなければなりません。

 投稿しているのは何人なのか。実際の顧客全体に占める割合はどれくらいか。同じ内容が繰り返し拡散されているだけではないか。解約率や返品率、問い合わせ件数にはどのような変化が出ているのか。SNS上のムードとは別に、一次情報を確認する必要があります。

 反対に、SNSではほとんど話題になっていなくても、少数の顧客から同じ深刻な問題が繰り返し報告されているなら、そちらのほうが経営上重要かもしれません。

「何人が言っているか」と「その情報がどれほど重要か」は別物なのです。

判断する前に「事実・解釈・意見」を3つに分ける

 もう1つ、マネジャーにお勧めしたいのは、入ってきた情報を「事実」「解釈」「意見」に分ける習慣です。

 「競合A社が値下げした」は事実です。「A社は価格競争を仕掛けようとしている」は解釈です。「当社も値下げすべきだ」は意見です。

ところが会議では、この3つがしばしば1つの文章として語られます。

 「A社が攻めてきているので、うちも値下げしないとまずいですよ」

 こう言われると、あたかも値下げが必然であるかのように聞こえます。しかし分解すれば、確認された事実は「A社が値下げした」ことだけです。なぜ値下げしたのかも、それにどう対応すべきかも、まだ考える余地があります。情報量が増えるほど、この分解力が重要になります。

 AIから出てきた回答についても同じです。もっともらしい文章で提示されると、それだけで正しく感じます。しかし、どこまでが確認された事実で、どこからがAIによる推論なのかを切り分けなければなりません。

情報を集める力以上に、情報を分解する力がマネジャーには必要なのです。

あえて「反対側の情報」を取りにいく

 第3に必要なのが、自分の判断に反する情報を意図的に取りにいくことです。

 人間には、自分の考えを支持する情報を集め、反対する情報を軽視しやすい確証バイアスがあります。SNSでは、自分が関心を持つ投稿や似た意見に触れ続けることで、この傾向がさらに強まることがあります。オンライン上では、同じ信念を持つ人々が集まり、特定の物語が増幅されるエコーチェンバーの形成も研究されています。

 だからこそ、重要な意思決定をするときには、意識的に反対側へ情報を取りにいかなければなりません。

 A社を買収すべきだと思ったなら、「買収しない理由」を探す。新規事業に進出すべきだと思ったなら、「この市場から撤退するとしたら何が理由になるか」を考える。採用したい候補者が現れたら、「この人を採用しないとすれば、どんな懸念があるか」をチームに聞く。自分の仮説を証明する情報ではなく、自分の仮説を壊す情報を探すのです。

 強いマネジャーとは、自分の意見を守れる人ではありません。自分の意見が間違っている可能性を、自分で探しにいける人です。

会議では、最も偉い人が最後に話す

 第4は、組織の意思決定プロセスそのものを変えることです。

 会議で社長や担当役員が最初に結論を述べれば、その後の議論は大なり小なり影響を受けます。「社長はA案らしい」という情報を知った瞬間、参加者は純粋にAとBを比較するのではなく、「社長がAと言っている」という新しい情報を加えて判断し始めるからです。

 重要な意思決定ほど、まず各参加者に自分の判断を書かせる。若手や現場から先に意見を聞く。責任者は最後に話す。必要であれば匿名で意見を集める。さらに1人には意図的に反対側から検討してもらう。

 こうした仕組みは、一見すると面倒です。しかし、その面倒を省いた結果、全員が同じ空気を読み、誰も異論を口にしなくなるほうが、経営にとってははるかに高くつきます。

 マネジャーの仕事は、全員の意見を一致させることではありません。異なる情報と異なる見方が、意思決定の直前まで残っている状態をつくることです。

「空気を読める人」から「空気から離れられる人」へ

 組織で仕事をする以上、空気を読む力は必要です。周囲の感情を理解せず、自分の正論だけを押し通す人が優れたマネジャーだとは思いません。

 しかし、空気を読むことと、空気に従うことは違います。

 優れたマネジャーは、いま組織がどちらへ傾いているかを敏感に察知します。そのうえで一度そこから離れ、「本当にそうなのか」と考えることができます。SNS時代には、この能力がますます重要になります。

 有名人の発言、専門家のコメント、大量の「いいね」、社内の多数意見、AIが生成したもっともらしい回答。私たちの周囲には、「これが正解だ」と思わせるシグナルが以前とは比較にならないほど増えました。

 ですから、これからのマネジャーに必要なのは、より多くの情報を持つことだけではありません。

 情報との距離を取れることです。

 私は、マネジャーの判断力を次のように捉えています。

マネジャーの判断とは、多数派の意見を集約することではない。誰が言ったか、何人が言ったか、その場の空気がどちらへ流れているかを理解したうえで、それらから一度離れ、事実と自らの価値基準に立ち返って意思決定することである。

 「みんながそう言っている」は、判断材料にはなります。しかし、判断そのものにはなりません。

 空気を読む力が重宝されてきた日本企業だからこそ、これから必要なのは、その空気から一歩外へ出る力です。

 AIとSNSによって「もっともらしい答え」が大量に生み出される時代、最後に組織を守るのは、最も情報を持っているマネジャーではありません。

その瞬間のムードに飲み込まれず、「それは本当なのか」と問い続けられるマネジャーなのです。

著者プロフィール:井上和幸

株式会社経営者JP 代表取締役社長・CEO

早稲田大学政治経済学部卒業後、リクルート入社。人材コンサルティング会社に転職、取締役就任。その後、現リクルートエグゼクティブエージェントのマネージングディレクターを経て、2010年に経営者JPを設立。2万名超の経営人材と対面してきた経験から、経営人材の採用・転職支援などを提供している。2021年、経営人材度を客観指標で明らかにするオリジナルのアセスメント「経営者力診断」をリリース。また、著書には、『社長になる人の条件』『ずるいマネジメント』他。「日本経済新聞」「朝日新聞」「読売新聞」「産経新聞」「日経産業新聞」「週刊東洋経済」「週刊現代」「プレジデント」フジテレビ「ホンマでっか?!TV」「WBS」その他メディア出演多数。

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