見るからに楽しそうな、クスッと笑ってしまうようなサービスを、次々と繰り出すカヤック。そのパワーとパッションの源はどこにあるのか。海の香りがする古都鎌倉に探りに行った。
1998年、資本金3万3000円の合資会社でスタートした「カヤック」の目覚しい成長ぶりが話題になっています。しかし、カヤックに引かれたのは、その成長ぶりもさることながら、「面白法人カヤック会社案内」などの書籍やWebで知るカヤックの哲学でした。最初に事業のことではなく、価値観の一致する仲間と会社を立ち上げたという柳澤さん。そして、どんな事業をするかよりも、どんな性格の人と働きたいかを優先し、事業戦略よりも組織戦略を先に考えたという、一味違う経営哲学を聞きました。
3人の慶應義塾大学SFCの同級生が創業者である、カヤック。ソニーミュージックに就職した柳澤さん、SFCの大学院でデジタルメディアを研究していた貝畑さん、アメリカを放浪していた久場さん、いったんは違う道を歩んでいた3人は、卒業2年後に集結しました。目的は、面白い会社をつくることです。しかし、何も事業アイデアはない。それでもいいと思いました。なぜなら、3人ともアイデアより会社の理念に興味があったのです。人に興味があったと言ってもいいのかもしれません。人の思いや強い意思が、何かを実現すると考えたのです。
柳澤さんの起業の仕方は面白いが、突拍子もないことなのでしょうか? ビジネスアイデアではなく、ビジョンが先にある。これは、アメリカの会社が起業時にまずビジョン作りから始めることに似ています。しかし実は、柳澤さん自身、ビジョンが大事ということは本には書いてあるし、頭では分かっていたのに体が理解できなかった。そのため1998年の創業からある時期までは、体に覚え込ませる時間、つまり基礎体力をつけるために走りこみをしていた時代でした。
企業経営の戦略には、事業戦略と組織戦略があるが、柳澤さんは組織戦略に注力してきました。理念から文化を創造し、その文化に合う人を採用し、その人たちが増えることで足し算され売り上げが増え会社が大きくなることが、数年経営をして分かってきました。しかし、人格と会社のメカニズムは同様で、メカニズムが分からないまま会社を大きくしても、大きくはなるかもしれないが、いい会社にはならないと考えました。社員を増やし始めた2005年頃から、会社を成長路線に乗せるべく積極的に事業戦略にも取り組みました。そこからは組織戦略と事業戦略の歯車がかみ合いビジネスが伸び始めました。
柳澤さんの言葉を聞いていて、有名な戦略論を思い出しました。マイケル・ポーターの「競争の戦略」と、ジェイ・バーニーの「企業戦略論」です。ポーターが、外部環境から企業の優位性を求めようとしているのに対して、バーニーは、組織内部の資源から優位性を作るべきと説いています。複数の学者が論じているように、外部環境だけで競争を論じることは困難です。なぜなら、魅力的な市場にはより多くの企業が参入し、同じような戦略をとります。魅力的な市場を選んだにも関わらず、競争は激化し、結果として競争戦略が無競争戦略になってしまいます。結局、企業の競争力の源泉とは、模倣困難性の高い文化であり人であり組織であるというのが、内部資源を重要視する学者たちの論理です。わたしも10年以上会社経営をしてきて、文化の重要性を再認識しているところです。そして、柳澤さんは、外部環境よりも内部資源を、若くしてまさに創業時、無意識に直感的に選ぶことができた人なのでしょう。
組織が肝であるカヤックにとって、採用は最重要タスクです。会社の文化に合った人で、市場にとって価値の高い職種を求めるのが採用方針で、結果として、事業が伸びていきます。Webクリエーターはここ数十年は価値を持ち続けると考えています。現在、カヤックでは、Webクリエーターが80%を超えています。デザイナー、プログラマー、ディレクターの3職種がバランスよくチームを組んでプロジェクトをまわしています。エンジニアのバックグランドがある人が4割を占め、デザイナーでもエンジニアマインドがある人を採用するようにしています。
柳澤さんが、ここまでこだわって職種を絞っているのは、まさに、経営理念=ビジョン経営が大切と考えているからです。強い企業は、共通の価値観を持ち「まとまっている」。何がかっこいいかとか、何が面白いかという感覚が同じであれば、お互いが理解できるだろうと思いました。
つまり、面白いものをつくればいいという理念が共通していて、その作り方が一致しているのです。カヤックは、楽しませるものをつくるということでまとまっているのです。
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早稲田大学商学学術院教授
早稲田大学大学院国際情報通信研究科教授
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明治学院大学 経済学部准教授