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中途半端で曖昧なデジタル戦略からの卒業視点(4/4 ページ)

トレンドの変化はあまりに早い。単純計算で2013年と2014年の一年間でAmazonユーザーの約20%がスマートフォン経由へと移行した。数年で全く異なる世界が創出している。この業界のスピード感と自分のスピード感にズレが広がりだしていないだろうか?

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Roland Berger
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IT部の人間にデジタル領域を任せるのは酷。ビジネスのエキスパートでなければデジタル戦略は描けない。

 デジタル領域の強化のため、御社はどのような体制を構築しているだろうか。そこには三つの誤解が存在する。

A)比率の小さなデジタル領域にそこまでリソースは避けないので兼務メンバーで構成する……

 デジタル領域は冒頭で述べたようにリアルの世界とは全く異なる機能により構成され風土も異なる。計画に時間をかけず、PDCAを早く回して高度化していく。そのためこの世界で新しい領域を切り開いていくためには(人)資源のクリティカルマスが存在する。

 経営企画部のメンバーが兼務の片手間で新規事業を立ち上げられないのと同じように、是が非でもデジタル領域を立ち上げるという強い想いとコミットメントがなければこの異世界は立ち上がらない。各種人財不足から来る「事情」も分かるが、消費者に接するこの大切なポイントを中途半端に取り扱う位ならやらないほうがいい。きちんと経営課題として人材も含め重点投資することが決まってから推進すべきだ。この領域ではまぐれ当りを目指してぱらぱらとアイデアをぶつけていっても、何のインパクトも生まない可能性が極めて高い。

 ある施策を次の日には競合が追随できるため、市場の平準化作用は極めて強く速い。競争優位性のある施策をコンスタントに永遠に打ち続ける覚悟が必要だ。止まることはできないし素晴らしいプランニングで一休みすることもできない。常に変化し進化しているという姿が消費者に見えなければそれだけで鮮度の低い「死んだ」サイトと見なされてしまう。このタフな長距離走に短距離スプリンターを投入しても直ぐに息切れしてしまう。同じ「走る」競技でも全く異なる競技だという認識をまず経営者が持たなくてはいけない。

B)テクノロジーイメージが強いのでIT系の部署出身者で構成する……

 多くの小売やメーカーのデジタル担当者はIT畑出身者のことが多い。しかしデジタルも一つの事業であるということを忘れてはいけない。マーケティングや商品についての鮮度の高い具体的な戦略はマーケティング部メンバーでなければ作れない。勿論、そんなことは分かっているし協働していく前提だという反論が聞こえる。しかしミッションの中核となる付加価値は当該組織のメンバーが出せるような配置をしなくてはいけない。これは要員配置の基本原則だ。デジタル領域の中心的付加価値はデジタル担当者が出さなくてはならない。そうでなくては他部署からも公平性を欠き協力を得ることは難しいし、担当者本人も優秀なメンバー程、自分の立ち位置に苦しむはずだ。欲を出せばフルセットの機能メンバーを揃えることが最終的には望ましい。

C)デジタル領域の知識はやりながら覚えるしかない……

 上記のような体制を整えるとなるとスタートが大変だ。本業のビジネスも人が不足しがちな中、まだまだ新規事業に近いデジタル領域へ専任でのフルセットメンバーのアサイン。それだけの体制を構築することはあらゆる方面からの反対が予想される。しかし異動前にできることもある。異動させたいメンバーの上長にこそ、デジタル領域のどこがリアル領域と異なる特異な部分で、どこが通常のビジネスと同様に当然押さえなくてはならないところなのかを理解してもらうことだ。詳細は分からなくても全社的なデジタル領域の勘所の理解があれば、取り組みとしての位置づけは変わるはずだ。そうでなければ進まないのだ。

 ではその土地勘を培う方法とは何だろうか。Alibabaという中国企業をご存知だろうか。一般ユーザー向けの流通総額だけでも優に10 兆円を超える世界最大のeCサイトの運営事業者だ。彼らの競争優位の源泉は、彼らのサイトへの出店者に対してeCで売上をあげるために必要なノウハウを教えるTaobao大学の存在だ。彼らはPDCAを無数に回しながらどうすればデジタル領域で成功できるのかを急速に体系化し、共有知へと落とし込むことに成功している。「大学」と名が付いているが実際に売上をあげていく実効性の高い方法やデジタル領域における考え方や動き方等も教えていくデジタル版「経営塾」に近い。彼らは出店者の売上に比例したマージンで儲けるので、売上に直接的(もしくは間接的)に繋がらない知識は教えない。これらの貴重なナレッジは秘蔵のものではなく、広く公開されている。

 アメリカではC2Cプレイヤーの雄、eBay がeBay 大学で同様のコースの設立に成功しているし、日本では楽天が楽天大学を創業当時からAmazonやYahooとの差別性として取り組んでいる。このように体系化された知を「面」で全社的に学んでいくというステップを取り入れている企業はまだ少ない。デジタルに関心のある経営層だけではなく、デジタルに理解の薄い経営層こそがこれらの学習を踏まえ、先入観ではなく正しくデジタルの世界に向き合い、どのようにグループとして取り組んでいくのかの本当に正しい決定を出来るようになることこそが重要ではないだろうか。

 デジタルの世界は参入すれば誰もがメリットを享受できるような業界ではない。日々生まれるイノベーションが構造そのものを直ぐに陳腐化させ取り残されるプレイヤーと先を独走するプレイヤーの二極化を生み出す。定義した土俵でNo.1 でなければならない(何でNo.1になるかその視点は自由だ)。デジタル専業プレイヤーが自社単独で勝利することを困難と判断しオープンイノベーションへと進む中、リアルプレイヤーが自社単独で進むのは無理がある。ベンダー選定ではない。対等な立場の多様な専門家と組むパートナーネットワーク選定のあり方をこそ先ずは考慮すべきかもしれない。

著者プロフィール

田村憲志朗(Kenshiro Tamura)

ローランド・ベルガー プリンシパル

東京大学薬学部を卒業後、米国系戦略コンサルティングファーム、楽天株式会社を経て、ローランド・ベルガーに参画食品、消費財、化粧品、医薬、小売など幅広いクライアントにおいて、全社戦略、コーポレートブランディング、海外展開支援、M&A戦略、R&D戦略、新規事業支援等の豊富な経験を保有。成果創出を前提とした既存の枠組みを超えたトータルサポートに強みを持つ。


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