「レッドガス」時代の羅針盤【第二章】自国循環型モデルの高付加価値化(2/2 ページ)
「大量生産・大量消費・大量廃棄」を前提とする線形経済(リニアエコノミー)は限界を迎えつつあり、製品・資源の価値を極力長く保全・維持し廃棄の最小化を目指す「循環型モデル」の確立が分野横断的にますます求められている。
包装・容器
包装・容器分野の裾野は広いが、リサイクルを容易にするモノマテリアル化や回収枠組みの強化など、リサイクルに向けた動きが全般的に活性化している状況にある。主要包装材の1つであるプラスチックをはじめとして、他の部材分野と比較しても循環型モデル確立に向けた感度は比較的高いと言えよう。例えば、飲料メーカーをはじめグローバルの消費財大手が相次いで再生プラスチックの使用量を増やすことを掲げ、具体的な使用率目標を公表している。
化学・素材メーカー側の動きを見ると、例えばDNPや凸版印刷がポリプロプレン(PP)、ポリエチレン(PE)におけるモノマテリアル包材を開発、東洋紡がモノマテリアルの包装設計が可能な二軸延伸ポリプロピレン(OPP)フィルムを開発するなど、既に取組みは一定進展してきた。
種々の部材分野の中でも、包装・容器分野は比較的循環型モデルの取組が進展してきたが、下記で見るように、相対的に技術開発や回収システム確立が遅れてきた電池・モーター・タイヤなどの分野でも経済合理性の壁を打ち破るべく先端的な取組が点に注目したい。
LiB(リチウムイオン電池)
北米最大級のLiBリサイクル企業として知られるLi-Cycle社は、高収率・高効率なリサイクル技術を軸に経済合理性の壁を乗り越えている。具体的には、「Spoke&Hub Technologies」と呼ばれる同社技術を活用し、手作業の工程を破砕に置換するなどして効率化を実現、コストの大幅な圧縮を行いつつLiBに含まれるリチウム・コバルト・ニッケルなど、多くの原材料を95%以上回収可能としている。加えて、LiBサプライヤーの近くに工場を構えることにより、回収にかかわる物流コストを抑制しようとしている点も特徴だ。
一方で、ベルギーの素材メーカーUmicore社は地産地消・大量処理によりコスト低減を図っている。同社が手掛けるリサイクル事業においては、リサイクル工程に必要な処理工場を欧州圏内に集約し配送コストを圧縮、年間7千トンの廃LiB処理によって規模の経済を確立している。
LiBの主要ユーザーである自動車メーカー側の動きも加速化している。2022年に入ってトヨタは、北米においてLiBリサイクル大手レッドウッド・マテリアル社と提携し、従来LiBの原材料・中間材調達において依存していた中国を介さない米国内でのLiB調達網を強化を図っている。冒頭で述べたような、地政学リスクを踏まえたレアメタルの安定調達網の確立、という意味合いも大きいと思われる。
スズキも廃車から回収した小型リチウムイオン電池をソーラー街灯用電源に二次利用する技術を開発するなど、日系企業含め循環型モデル確立に向けた動きが活発化している状況だ。
モーター
モーターに関してもLiB同様、循環型モデルの確立は地政学上のリスク低減を果たす意義も大きく、特にレアアースの自国内安定調達が期待される分野といえる。他方、モーター内のネオジム磁石などのレアアース回収技術は確立されているものの、手作業での解体など非効率な工程が含まれ、リサイクル効率向上・コスト低減が課題となってきた。
そうした中、例えば日産自動車はモーターを丸ごと溶かしてレアアースを回収する技術を開発、既存の人力作業を省略することを目指している。同社は長年モーターリサイクルに取り組んできたが、2017年に早稲田大学と共同研究を開始、2019年に前述の基礎技術を開発。2020年代半ばの実用化を目指している。
タイヤ
タイヤにおいてはリサイクルが一定進展しつつも、その大半が熱回収であり、また従前からの石油由来の原材料に依存しているなど、ケミカルリサイクルなどのサーマルリサイクル以外の技術確立が課題となっていた。そうした中、主要タイヤメーカーは主原料であるブタジエンの脱石油依存を図るべく技術開発を進め始めた状況にある。
例えば横浜ゴムは、2021年8月に、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)、産業技術総合研究所(産総研)、先端素材高速開発技術研究組合(ADMAT)との共同研究により、バイオエタノールからブタジエンを大量合成し、従来と同等の性能を持つ自動車用タイヤの試作および一連のプロセスの実証に成功したと発表。石油由来のゴムを全てバイオエタノール由来のブタジエンゴム・天然ゴムに変更しつつ、従来同等の材料性能を有する自動車用タイヤの試作も行った。
また、ブリヂストンは2022年2月、産業技術総合研究所(産総研)や東北大学、ENEOSと共同での使用済タイヤから合成ゴムの素原料であるイソプレンを高収率で製造するケミカルリサイクル技術の共同研究開始を発表、2030年をめどに社会実装に向けた実証実験を行うとしている。
今後の循環型ビジネスの可能性
上記で見てきたように、さまざまな部材分野において、循環型モデル確立に向けた技術開発やそれを絡めた事業化が加速化している状況にある。その動きは、必ずしもマテリアル企業に閉じた話ではなく、それらを活用する完成品メーカーや、異業種プレイヤーにとってのビジネス機会とも捉えられ、実際業界横断的な取組みも加速化している状況だ。
ビジネスモデルの視点で見ると、そもそもリサイクルが容易な素材開発、生産過程での廃棄物や使用済製品の選別・再資源化、二次利用の促進といった各工程における技術面での差別化に加え、排出事業者とリサイクル事業者・リサイクル品利用事業者のマッチングプラットフォーマー、LiBにおけるUmicore社のような特定部材×地域の回収・リサイクルを一手に担う大量処理型リサイクルプレイヤーといったさまざまな立ち位置が考えうる。
加えて、既に国内でも事例が複数出始めているように、循環型モデル成立を下支えするリサイクルのトレーサビリティ担保やGHG削減量の効果測定といった支援サービス提供プレイヤーとしての戦い方もあり、マテリアル企業以外も含めて、循環型モデルを念頭に自社としてどのような成長事業につなげうるか、考えるべきタイミングではなかろうか。
更に、地政学上のリスクを踏まえた希少資源の安定調達という観点でも、リサイクルの重要性はますます高まっている。具体的には、例えばパラジウムやリンなどが使われるコンデンサやゲルマニウムなどが使われるダイオード、ネオジムなどのレアアースが使われる二次電池・永久磁石といった領域は循環型モデルにおけるリサイクル対象として有望分野かつ、早急な対応が必要であろう。
循環型モデルに対応できず経済活動から締め出されるのか、あるいはビジネスチャンスと捉えて新たな事業成長につなげるのか。今まさに、循環型モデル確立に向けた取組を加速すべき好機なのではないか。
著者プロフィール
三輪政樹
ローランド・ベルガー プリンシパル
名古屋工業大学工学研究科修士課程修了。大手製造業エンジニア、グローバル総合コンサルティング・戦略コンサルティングファームを経てローランド・ベルガーに参画。
化学、電子部品、重工、精密機械、ヘルスケア等のBtoB製造業を中心に、幅広いクライアントにおいてビジョン策定、事業戦略、新規事業戦略、全社変革などの豊富な経験を有する。
エンジニア出身かつグローバルファームでの多様な経験から現場感や実行可能解を常に意識しており、経営層と現場層をつなぐ架け橋、理論と実業の架け橋の役割を担うことを信条としている。
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