「レッドガス」時代の羅針盤【第三章】従来型グローバルサプライチェーン設計思想からの脱却(2/2 ページ)
製造各社が磨き上げてきた“ゴールデン”チェーンの弱みが表面化する一方、情報技術の高度化による新たな可能性も見えつつある。今こそ、新たな設計思想に基づくグローバルサプライチェーンの構築の好機といえるのではないだろうか。
3、デジタル化による透明性・フレキシビリティ向上
グローバルサプライチェーンの組み換えを機動的に行うためには、各サプライチェーンでのリアルタイムの状況把握が極めて重要であり、近年の情報技術の高度化がその取組みを強力に後押ししている。
BMWは、EVバッテリー調達地であるコンゴの鉱山での児童労働問題などによるESG観点での責任履行の声が高まる中、サプライチェーンの透明性を確保することなどを目的とした「PartChain」と呼ばれるプロジェクトを拡大していく計画を明らかにした。ブロックチェーン技術に加え「Microsoft Azure」などのクラウドテクノロジーを活用し、コンポーネントのサプライデータを改ざん不可能なブロックチェーン上に記録することで、参加している全てのパートナー間で追跡を可能とするとともに、データ改ざんのリスクも最小限に抑えることを狙っている。
また、Ciscoはアジャイルかつ柔軟なサプライチェーンの構築にデジタル技術を最大限活用している。2017年にハリケーン「ハーヴィー」の影響でヒューストンの製造・物流拠点の大部分が閉鎖した際は、工場をデジタルツインで再現した上で、ハリケーンの影響を受けた全ての注文・原料の入出荷状況を可視化した。それに従い同社は、ハリケーンの影響を踏まえ、どの原料をどの注文に振り向けるべきかといった流通を最適化することで、競合よりもハリケーン影響を低減することに成功した。
加え、同社はサプライヤーのコラボレーションプラットフォームを提供しており、グローバル規模で各サプライヤー同士の在庫状況を可視化することで、ポータルサイト導入前に比較してサプライヤーにおける在庫不足の問題が70%減少したと報告されている。
デジタル技術の最大活用は必須要件と捉えるべきであり、適切な状況把握があってこそ、正しい戦略的な組み換えが実現されよう。
今後あるべきグローバルサプライチェーンの思想
これらの動向を鑑みるに、昨今のグローバルサプライチェーンを取り巻く環境の変化は従来型チェーンのもつリスクを表面化させつつある。他方で、競合に先んじた動的ネットワークへの転換は、むしろ事業の成長機会ともいえる。その観点において、今後あるべき思想のコアとなる要素として、以下の3つの視点を提言したい。
1、リアルタイムモニタリングによるリスク・機会の見える化
前述の通り、情報通信技術の高度化に伴うリアルタイムモニタリングの可能性は大きく広がりつつある。多様なリスク要因が潜在している中、当該技術を生かしつつ、その萌芽を早期に捉えられるか否かが、グローバルサプライチェーン組み換えの質・スピードに大きく影響する。このような変曲点でこそ、いま一度サプライチェーンの管理体制の在り方を見直すことが、競争力向上の一端になりうるのではないか。
2、中長期的な地政学的リスクを見据えたサプライチェーン構想
機動的なサプライチェーンの組換えは理想的ではあるが、対症療法的な改善の積み重ねとなっては、本末転倒である。モニタリングによる短期的リスクの萌芽と、中長期的な地政学的リスク評価を掛け合わせ、最終的に目指す姿の構想を持ちながら、段階を追って組換えを行っていくことが重要である。
また、これら中長期的な地政学的なリスク評価を行っていく上でも、経済安全保障機能を有する組織の新設も一案であろう。
3、他力活用による柔軟性・スピード感の向上
グローバルサプライチェーンの組換えを自力で行うには多大な投資を伴うとともに、場合によっては急速な環境変化の際の足かせともなりうる。BASFの例にもあるように、他力を活用することでスピード感を担保しつつ、柔軟性を高めるという考え方は積極的に取り入れることは、競争優位性の1つのポイントといえる。
製品・サービスという従来の付加価値軸に加え、その背景となる製造工程のグリーン化、レッド性の回避は新たな第3の付加価値軸として捉えるべきである。グローバルサプライチェーンの組換えを戦略的に行い、動的なネットワークを形成していくことはまさにこの第3の付加価値軸の中心であり、当該取組みの継続的な進化が、事業の立体的な価値を最大化することにつながると確信している。
著者プロフィール
大宮隆之
ローランド・ベルガー プリンシパル
早稲田大学理工学部卒業、早稲田大学大学院理工学研究科修了。日本航空を経て、ローランド・ベルガーに参画。
産業財、航空/鉄道、エネルギー、総合商社などを中心に幅広いクライアントにおいて、長期ビジョン策定、事業戦略立案・実行支援、事業計画策定・投資評価等のプロジェクト経験を豊富に有する。
事業会社での現場経験も生かしながら、実効性の高い戦略立案を信条とする。
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