エレベータービジネスの未来像(2/2 ページ)
「ハードを低利益で販売し保守で高利益を稼ぎ出す」といったエレベータービジネスの過去の“定石”はもはや通用しなくなってきている。未来のエレベータービジネスを方向づけるトレンドとして、近い将来「3つの大変化」が起こると予測している。
加えて、Schindlerはデジタルツインに早くから着目し、顧客を含むVC(バリューチェーン)全体をデジタル統合・管理しようと試みている。将来的に、VC全体をデジタル化・可視化・監視・分析し、故障などトラブルが発生する前に、(遠隔操作含む)予防施策を実行する構えだ。
稼働管理の観点でも、「最適なカゴの自動運転」が実現されつつある。「最適」というのは単に人流に合わせて稼働位置を最適化し、エネルギー消費量を抑制するということにとどまらない。ビル内を移動する運搬ロボットやビル周辺のモビリティなどの動きも加味し、ストレスフリーの移動・輸送体験の提供へと進化していく。
変化3:空間がもたらす新たな価値創出
エレベーター自体が実現する機能・価値をヒト・モノを“輸送するハコ”と捉えることなく、“価値提供空間”と捉えなおす発想転換にも着目すべきだ。
モビリティ領域では、公共交通機関・移動手段がICT・デジタル技術を用いてシームレスに統合されるMaaS(Mobility as a Service)が近年次々と提案されているが、付加機能として個人の嗜好性・ニーズに沿った飲食店・観光地などの目的地提案や、混雑緩和に資する行動変容を促すクーポン発行機能が盛り込まれることが多い。エレベーター周辺に適応して考えると、ビルテナントの混雑情報提供や、ビルに待つタクシー台数情報提供、そしてエレベーター・テナント混雑緩和に向けた行動変容を促すクーポン発行などが想定される。
更に拡張して考えると、図表4に例示するように、エレベーターの「ボタンを押して」から「移動」し「降車」するまでの乗客体験を「楽しい」「刺激的」な体験に昇華することが求められるのではないか。
既に顕在化している事例で見ても、例えばLG Electronicsは、タイの超高層ビルの展望台エレベーター内に55インチのOLEDディスプレイを56台使用し、最上階に上がるにつれてバンコクのさまざまな景色を映し出せる仕掛けを提供している。1分間の閉鎖空間での乗車時間をストレスフリーとするだけではなく、展望台に向かう高揚感の醸成につながっている。
更には、セキュリティゲートや顔認証カメラと連動することにより、セキュリティを確保しつつ、目的階への自動移動、車椅子など乗客特性に合わせた開閉時間・停止階調整など、タッチレス・シームレスな移動体験の提供も可能だ。
上記のような方向性で、新たな価値を創出するには、エレベーター以外の機器・サービス・アプリとの統合が必須となる。その際、物理的に移動空間と時間をつかさどるエレベーターをコントロール可能であることが、同ビジネスを拡張していく上でのパートナーシップ構築においても有効に作用する。
また、新たな価値創出の延長線上に、保守収益に替わるアップサイド収益を獲得する手段を見いだすことが、このような取り組みの持続的提供可能性を高めていくこととなろう。
エレベータービジネスの未来を捉えた勝ち残りに向けて
これまで論じてきたように、エレベータービジネスの未来像を見据え、グローバル大手事業者は虎視眈々とビジネスモデルの変革準備やそれに向けた技術投資・アライアンスなどを進めている。
ライフタイム全般の導入・運用コストを如何に極小化できるか、単なる“輸送のハコ”を超えた価値創出を実現できるか。寡占市場に安住することなく、日本発の次世代型エレベータービジネスモデルが矢継ぎ早に産み出される状態の実現を期待したい。
著者プロフィール:染谷将人
ローランド・ベルガー プリンシパル / 東京オフィス
東京大学理学部物理学科卒業、同大学院理学系研究科物理学専攻修了。米系コンサルティングファームを経てローランド・ベルガーに参画。
産業財、エネルギー、化学・素材、メディア・エンターテインメント、IT、総合商社など幅広い業界・クライアントに対し、グローバル化戦略、M&A戦略、BDD / PMI、新規事業戦略、サステナビリティ戦略、組織改革など数多くのプロジェクトを手掛ける。
特に、業界横断でグローバライゼーション・クロスボーダーM&Aに係る支援実績が豊富であり、欧州・米州・中東・中国・韓国・東南アジアなど、さまざまな海外市場をテーマとしたグローバルプロジェクトの推進経験を多く有する。ローランド・ベルガーのグローバルネットワークと協働し、日系企業 / 日本発の製品・サービス・コンテンツのグローバルでの競争力を高めるべく日々奔走している。
著者プロフィール:五十嵐雅之
ローランド・ベルガー パートナー
早稲田大学理工学部卒業、慶應義塾大学大学院経営管理研究科修了(経営学修士)。米系ITコンサルティングファーム、国内系コンサルティングファーム、三菱商事を経て現職。総合商社、産業機械、ハイテク、エンジニアリング、公的機関、サービス業等を中心に、事業戦略立案、新規事業開発、事業計画・投資評価、マーケティング戦略、組織構造改革などのプロジェクト経験を豊富に持つ。異業種をつなぐことによる新たな価値創出・ビジネスモデル開発を志向したテーマに数多く従事。
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