『ひらいて』著者 綿矢りささん:話題の著者に聞いた“ベストセラーの原点”(3/3 ページ)
一人の女子高生の恋に焦点を当て、切実さとコミカルさが入り混じった物語世界を創り上げている。この作品で綿矢さんは何を試み、何を描こうとしたのだろうか。
「小説には本当に色々な可能性があるっていうのがわかってきた」
――綿矢さんがデビューされてから10年が経ちました。この10年で変わったなと思う点はありますか?
綿矢:「書くっていうことに対してフランクになったかな……。“よし書くぞ!”っていう風には今は思わないです。“やろか”って始めて、“やめよ”と思ってやめる」
――書き始めた作品を途中でやめてしまうこともあるとのことですが、やめてしまう時というのはどのような感覚なのでしょうか。
綿矢:「先が見えなくって終わりようがない感じですね。原稿用紙100枚を過ぎても全くラストが見えなかったりすると嫌な予感がしてきて……」
――これは最後までいけそう、というのも途中でわかりますか?
綿矢:「わかりますね。書きながらちゃんとすぼまるなという感覚があるんですよ」
――どういうラストになるかが具体的に浮かんでいなくても、とにかく終わるだろうという。
綿矢:「そうですね。そこは不思議なもので、その原理が解ければ無理な作品にはすぐ見切りをつけられるんですけど、その兼ね合いがどうして生まれるのかはまだ全然わからないです」
――物語の核になるものはどのように思いつくことが多いですか?
綿矢:「そのとき自分が考えていることとか興味のあることかな。今回だったら“好き”っていう思いだけで突っ走ったら主人公はどうなるんやろうとか。そういうことが気になっていたんだと思います」
――最近、興味を持っていることはどのようなことでしょうか。
綿矢:「夏やから怖い話ばかり読んでます(笑)怪談っていうよりも、実際にあった未解決の事件とか、そういうもの。人が消えてしまったりとか、船の乗組員がいなくなってしまったとか……」
――最近読んでおもしろかった本がありましたら3冊ほどご紹介いただければと思います。
綿矢:「『これが佐藤愛子だ』っていうエッセイ集がおもしろかったです。古い本なんですけど。あとは、対談で大江健三郎さんにお会いすることになったから、大江さんの本を読ませていただいたんですけど、『万延元年のフットボール』もよかったです」
――大江さんといえば、綿矢さんは昨年大江健三郎賞を受賞されましたね。
綿矢:「はい、それで対談させていただくことになって、『万延元年のフットボール』も含めて読んでいなかった作品を読んでいたんです」
――『万延元年のフットボール』は冒頭から非常に独特な文体で書かれていて、読み進めるのに苦労した記憶があります。
綿矢:「書き出しから意味がなかなかわからなくって……。でも、途中からは盛り上がってすごくおもしろかったです。最初の方は難解でしたけど、そこを抜ければ私でも大丈夫でした」
――最初は面食らいますが、大江さんの文体は慣れると癖になりますよね。
綿矢:「なります。熱がこもっていて、読んでいるとそれがこっちに移るような気がしてきて。あと一冊は、この間新訳で読み終えた『罪と罰』。絶対暗いまま終わると思っていたんやけど、意外なくらい救いがありましたね」
――今後、小説を書くうえで取り組んでいきたいことはありますか?
綿矢:「自分がこれまで“これが小説や”と思い込んでいたことを取り払って進んでいきたいです。大江さんの本にしても、これまで読んだことのない小説でしたし、そうやって人が書かはった作品を読んで、ただ起承転結にするんじゃなく、小説には本当に色々な可能性があるっていうのがわかってきました。だから、自分も小奇麗にまとめようとせずにやっていきたいですね」
――読者の方々にメッセージがありましたらお願いします。
綿矢:「いっぱい色々な本が出ているから読みたい本がほかにもあると思いますけど、もし興味を持っていただけるなら、本屋さんで開いてみていただければなと思います」
取材後記
こちらの質問に対し、常に率直な口調で答えてくださった綿矢さん。「起承転結」という物語の基本形にこだわらず、小説の持つ様々な可能性を探ろうとしている彼女が今後どのように作品世界を広げていくのか、一人の読者としてとても楽しみになるインタビューでした。
(取材・記事/山田洋介)
著者プロフィール
綿矢りさ
1984年京都府生まれ。2001年『インストール』で文藝賞受賞。2004年『蹴りたい背中』で芥川賞受賞。2007年『夢を与える』、2010年『勝手にふるえてろ』刊行。2012年『かわいそうだね?』で大江健三郎賞受賞。
Copyright(c) OTOBANK Inc. All Rights Reserved.
関連記事
- 『海遊記』著者 仁木英之さん
- 『ドッグマザー』著者 古川日出男さん
- 『四龍海城』著者 乾ルカさん
- 『ゆみに町ガイドブック』著者 西崎憲さん
- 『田舎の紳士服店のモデルの妻』著者 宮下奈都さん
- 『領土』著者 諏訪哲史さん
- 『ビブリア古書堂の事件手帖』著者 三上延さん
- 『平成猿蟹合戦図』著者 吉田修一さん
- 「飲めば都」著者 北村薫さん
- 「月と蟹」著者 道尾秀介さん
- 想いを伝える、言葉がけの習慣
- 年上部下の「おい、お前」にカチン! 日本型ダイバーシティ時代の上司力とは?
- 「しょうゆマジック」――日本の誇るべき伝統食品を味方に
- 「当たり前」「思い込み」を正しく疑えるか 大事なものは暗闇の中にあるかもしれない
- メモは「捨てるために書く」。能動的な自分になる「メモの書き方〜捨て方」とは?
- 日本企業の「現場力」、欧米企業の「経営力」のハイブリッドを目指せ
- マグロ船の船長は、海賊のボスのように怖い人なのか?!
- 上司の役割を理解し行動を実施するためには
- できる人には秘訣がある
- 初めて示された経営戦略立案に必要な具体的技法
- 明日から使える! 忙しいリーダーのための「ノマド」生活のすすめ
- 毎日スッキリ! 前進するために「終わらせなければ何も始まらない」
- バラバラな職場を1つにまとめ、結果を出すための「結束力の強化書」
- おさえておきたい世界標準の図解表現のルール
- 日本が蘇るために必要な「グリーン・オーシャン戦略」という選択
- 一生働く覚悟を決めた女性たちへ――仕事を楽しむ技術――
- キャリアのリスクヘッジができる「週末起業」というライフスタイルのすすめ