目指すDXは、ユーザー中心のバリューチェーンで価値を提供し続ける企業へ――カシオ計算機 虻川勝彦氏:ITmedia エグゼクティブセミナーリポート(2/2 ページ)
ハード中心のメーカーからソフトで顧客と直接つながり、価値を提供し続ける企業への変革を目指すカシオ計算機。ゼロトラストネットワークの構築やローコード/ノーコードの活用、PLM改革など、同社のDX戦略を紹介する。
- 間接業務DX
間接業務DXは単なるデジタル化ではなく、「業務プロセス」「システム」「人」の3つの視点で、間接業務の抜本的な改革を実現する。具体的には、必要なアウトプット(その結果、次のアクションが取れるもの)を基本に業務を1から考え、ムダ、ムリ、ムラを排除する。間接業務DXでは、多くのシステムがある中で、従業員が迷わない、分かりやすい業務環境を構築することが必要だ。
- アプリ基盤DX
働き方の変革では、デジタルワークスペースの構築が中心となる。業務をデジタル化することが目的ではなく、データを活用して業務を改革できる仕組みを作ることが重要になる。現状、ローコード/ノーコードの仕組みを利用して、IT部門と一部のユーザーでシステム開発を行っているが、将来的には本格的な市民開発の実現やAIを活用した自動化などを目指している。
- データ基盤DX
対ユーザーの部分としては、ユーザー中心のバリューチェーンの構築でかなり進んでいるが、社内のデータ基盤構築としては少し遅れている部分がある。特にマスターデータは個別最適化されたものが目立ち、その部分で必要なデータを整理・連携することに取り組んでいる。最終的には、1度入力したデータは2度と入力させない、データを扱える権限のある人には手間なく常に最新のデータを使えることを目指している。
「データ基盤は、事業基盤やアプリ基盤を迅速に進めていくための要となる部分です。データ基盤をきちんと作りこめるかどうか、分かりやすくできるかどうかで、ローコード/ノーコード開発のスピード感がまったく変わってきます。そこで現在、データ基盤の実現に注力しています」(虻川氏)
- IT基盤DX
これまでは境界線型ネットワーク環境だったが、リモートワークなどで社外でも仕事をする時代、クラウド利用が必要不可欠な時代でもあり、社内と社外をつなぐ通信が増大し、ボトルネックになるリスクがある。また、もし侵入されてしまうと、その被害は甚大になる。そこで現在、ゼロトラストを進めている。
セキュリティゲートウェイを中心に、端末に関してはEDR(Endpoint Detection and Response)で防御し、ユーザーアカウントの認証、ネットワーク経路認証、アクセス先制御監視、セキュリティ運用監視などを組み合わせ、ゼロトラストを実現している。ゼロトラストの実現により、各拠点で高速インターネット回線を導入して、ローカルブレイクアウトを実現することで、社内でも快適な就業環境を実現している。
「いろいろな部署で、クラウドを活用した開発事例が増えています。しかし、まだ社内のノウハウが分断しており、社内のナレッジやリソースの有効活用が十分にできていないと考えています。そこで社内・社外のさまざまなノウハウを集約し広く展開するためのクラウドCoE(センター・オブ・エクセレンス)と呼ばれる機能を含む、迅速な開発やUX向上などを支援する組織の立ち上げを進めています」(虻川氏)
- ITガバナンス基盤DX
これからの取り組みではあるが、グローバルでのIT資産管理・ITリスク管理・コンプライアンス対応などを統合管理し負荷軽減や精度向上を目指している。こうした取組みで情報リスクの軽減や人材不足を補う仕組みの実現を進めている。
次々に発生する脆弱性に迅速に対応するためには現状把握に時間をかけないことも重要。現在のシステムの状態を正確に把握し、現状把握だけでなく対応も含めた省力化、自動化を実現する取り組みの検討も進めている
「ヘルプデスクの改革では、省力化自動化+アウトソースの準備を進めています。AIチャットボットや動画などを活用することで、自分自身で問題を解決できるセルフポータルも実現したいと思っています」(虻川氏)
DXの実現は社内外のリソースを生かし総力戦で臨む
最近、ChatGPTが話題になっているが、自然言語処理AIを使い、人間が作ったような文書を自動生成するAIサービスである。ChatGPT以外にも、テキストからイメージする画像を作成してくれたり、プレゼン資料の自動作成、作曲など、すぐに使えそうなAIサービスがたくさん登場している。虻川氏は、「まだ機能的には不十分だとしても有効なツールだと思います。何をどう使うかは、利用者の工夫しだい。業務改革するための人を支援するツールの1つとして、セキュリティを考慮した上でまずは試してみることが重要です」と話す。
しかし新しい技術の登場を、喜んでばかりもいられない。虻川氏は、「残念ながら話題になっているAIツールは海外発のものが多いです。スイスの国際経営開発研究所(IMD)が2022年9月に発表した、デジタル競争力の調査でも、2022年の日本のランキングは29位となっています。近隣国では韓国が8位、台湾が11位です。日本はデジタル技術は62位、ビッグデータ活用は63位と、これからエンタープライズでも必要な要素がことごとく下位に甘んじており、自責の念に駆られると共に危機感を感じざるを得ない状況です」と話す。
2019年3月に経済産業省が公開した『DXレポート』では、既存システムのブラックボックス状態を解消しつつ、データ活用ができない場合、DXを実現することができない「2025年の崖」が注目された。2022年7月に公開された『DXレポート2.2』では、デジタル産業への変革に向けた具体的な方向性やアクションが提示されている。具体的には、デジタルの省力化、効率化ではなく、収益向上にこそ活用すべきと報告されている。
虻川氏は、「DXをやれと言われても、やりたいけど動けない、やり方が分からないといったメンバーもまだ多いと思います。やり方が分からなければ、分かる人材を採用することや外部のベンダーやコンサルを活用することも1つの手段です。それでも進まないなら、その障壁を把握しひとつひとつ取り除くことで動きだします。これはリーダーや経営者の仕事であることも多いです。DXは事業そのものの変革なので、誰かに任せて前に進むものでもありません。皆が当事者意識を持ち総力戦でチャレンジしていくことが必要です。進まないと思っている人がいたら、まずは一緒に動きましょう。そして失敗を含めて会社の枠を超えて情報共有や共創を進めて競争力を強化していきましょう」と話し講演を終えた。
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