変曲点を迎える半導体市場【第二章】主要各国・地域のポジショニング争い(2/2 ページ)
開発競争でしのぎを削る最先端ノード領域を中心に、各国のバリューチェーン上の強みはどこにあるのか、今後日本が取るべき方向性は。
日本――材料・製造装置領域における存在感を保つ
日本は米・台と異なり、VCの中で材料・製造装置に強みを持つ。過去、日本は官民連携で開発を推し進め、1980年代にDRAMにおいて世界シェアトップを米国から奪取した時期もあったものの、日米半導体摩擦や国内の不況を端緒に製造領域では衰退が見られた。一方、信越化学やJSR等の素材メーカー、東京エレクトロンやSCREENホールディングス等の製造装置メーカーは’70~’90年代に海外展開を進めたことで、国内半導体メーカーの衰退に影響されず伸長した。結果、材料で38%、製造装置で32%と高いシェアを有する(2020年時点)。
材料は単体ではなく材料同士の相性によって半導体の総合的な品質が決定することもあって顧客の要求水準に達するためにステークホルダーとの擦合せが重要であるが、日本の半導体材料メーカーは他材料メーカーや製造装置メーカー、顧客との密なコミュニケーションを通じた擦合せを丁寧に行い、顧客が求める水準をクリアしてきた。また、材料変更に際しては大量のシミュレーションを要することとなり、結果的にスイッチングコストは高くなるという事情もある。斯様な状況が絡み合うことで、ウェハ、EUVレジスト、CMPスラリ・パッド、ボンディングワイヤ等の幅広い材料で過半数近いシェアを獲得し、今なお一定のプレゼンスを有する。
他方、製造装置に関しては、プロセスが多く複雑な中、回路の精緻なパターニングに直結する前工程のレジスト塗布や露光、エッジング工程、洗浄工程で、米国・オランダとともに高いシェアを誇る。
各工程におけるシェア推移を見ると、日本は露光装置でシェアを落としたことが分かる。その背景には、オランダのASMLがTSMCやIMEC加盟企業と微細化(2nm)を見据えた共同研究を積極的に行い、最新型の露光装置を開発したのに対し、日本勢は技術力の高さから自前主義を貫いた結果、既存技術の延長線上での開発に終始することとなり、技術革新をリードできなかったという対照的な取組み方針の違いが存在する。一方、コータ・デベロッパ、洗浄装置等で特に高いシェアを維持しているが、これは、液体を使う、ウェハの3次元回転が必要など、細かいパラメータの調整が必要な領域であり、材料と同様、「擦合せ」を丁寧に行う日系企業の強みが優位性として作用したためと言えるだろう。
今後日本が注力すべき方向性
本稿で既に言及したように、各国・地域が注力する最先端半導体の開発・製造で地位を確立するためには、日本の強みが生きる領域を模索する必要がある。やはり先端技術の開発競争が先行しているのはロジック半導体であり、高速な演算や消費電力低減のための微細化技術の実現に向けた競争は激しい。但し、微細化の物理的な限界を唱える声もある中で、立体化(3D化)や化合物半導体といった方向での進化も進むと見られる。
微細化に関しては、前述の通り、材料や前工程のコアプロセス製造装置において日本企業が高いシェアを保有しており、製造においてもNANDメモリシェア2位のキオクシアを国内に有することから、共同研究による技術開発に一定の優位性を見出せるのではないだろうか。また、3D化の技術開発も環境は整っている。TSMCが2022年6月に「TSMCジャパン3DIC研究開発センター」を茨城県つくば市に開所した。後工程の3Dパッケージ技術の検証開発ラインを設置し、信越化学やレゾナック(旧昭和電工)、ディスコ等、日本の材料・装置メーカーをパートナー企業として開発を進めていくとされている。3D化により後工程の緻密化、複雑化が予想され、素材・装置メーカー同士の共同開発がより重要性を増す中、上記TSMCの動きは日本の素材・装置メーカーにとって有利に働くと見ることができるだろう。
半導体材料・装置における強みは持続すると考えられる中で、それをメモリの微細化・3D化開発で生かしていくことが1つの生存戦略と考えられる。しかし、前稿で見た通り、ローカライゼーションの動きがある中で、各国・地域の特にロジックと微細化プロセスに対する政策・投資動向を継続的に注視することが今後とも求められるだろう。
著者プロフィール
Shi Juan
ローランド・ベルガー プリンシパル
南洋理工大学(シンガポール)応用数学博士課程修了。博士(応用数学)。
日本半導体メーカー、グローバル戦略コンサルティングファーム等を経てローランド・ベルガーに参画。
半導体、自動車関連、消費財などの製造業を中心に、海外市場戦略、新規事業開発、事業成長戦略などのプロジェクト経験を豊富に有する。特に、製造業×クロスボーダーに係る支援プロジェクトに強みを持つ。
著者プロフィール
兼子佑樹
ローランド・ベルガー シニアコンサルタント/ 東京オフィス
京都大学法学部卒業。国内シンクタンクを経て現職。電子・電機、TMT領域を中心に事業戦略立案等、さまざまなプロジェクト多数従事。
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